第2話 RとGの不具合

 複合エラーが発生している時はどうするんだったかな。それに、前任者はどうしたんだろう。マニュアルでは引き継ぎを受けた後に眠りにつく予定では。

 そう思ってヘルプをめくっていると試料解析完了のアラートが鳴る。


 表示はレッド。

 外は危険なユフ濃度。息が詰まる。時間の経過でユフが薄まるのを期待する計画だ。ユフの半減期はいつだろう。コロニーは理論上は眠った状態で千年は持つ計算で作られている。その間に、私たちはそれぞれ5、6年分の人生を管理者として消費する計算。

 私が起きたのは一回目で、不測の事態の発生は想定されていないしそもそも外に出られることを期待しないタイミングだ。だから、問題はない。そう自分に語りかけた。

 検査結果には未だ希望を抱けないが、まだ絶望するべき時期ではない。コロニーに入る前、誰しもそういった心理的な訓練を受けている。絶望せずに心をフラットにして、次に淡く期待を載せる。それにその訓練を行ったのは他ならぬ私だ。主観的には3日ほど前に。まだ、1回目だ。でも、先が見えないのはキツいな。


 頭を切り替えよう。

 結局のところ現状確認からだ。不確実な点を一つずつ潰す。

 体調も悪い。体が重い。けれどもそれはコールドスリープで起きうる影響だ。それを医療担当者に説明を受けた。

 廊下の様子を確認しようと意を決して暗闇に足を踏み入れる。次第に目が慣れてきたのか、妙なことに気がつく。廊下の電気は点いていた。光は感じられないけど、確かに点灯中サインが薄青く光っている。ようするに、スイッチはオンという表示だ。

 そしてコロニー内に堆積されていると思われた埃もまた存在しなかった。手を伸ばすと私が埃と認識するそのノイズはジジジと指を透け、床を撫でるとツルツルしている。

 そうすると、幻聴幻覚の類か? このコロニー自体には異常はなくておかしいのは私の頭や体? そんな仮定が成り立つ。

 思わず袖から伸びる両手両足に目を落とすが、他に異常は見当たらない。けれども、何か違和感があった。何だろう。コールドスリープ中は身体機能が極めて低下する。その影響がまだ残っているのだろうか。やはり体が重だるい。


 スリープ中に私に何らかの異常が発生した可能性。スリープ技術はまだ新しく、そもそも長期間使用の検証などされていない未知の技術だ。未知の不具合? 思わず身震いがした。

 だが異変があれば起こされるはずだ。そして医療ポッドで検査と治療を受ける流れだったはず。その確認も管理者の役目。

 私は少なくとも普通に起こされたように思う。起床時間だから起きた。


 そうだ不調なら医療ポッドだ。管理センターの隣の部屋。だが何かひどく嫌な予感がした。シャツがべたりと背中に張り付く。

 おそるおそる部屋にに足を踏み入れれば、内部は破壊されていた。おののきながらそれでも調べれば、人為的に一度雑に破壊され、辛うじて補修されたと思われる痕跡がある。不自然に継ぎ足された配管。

 困惑、そしてますます不安がこみ上げる。

 このコロニーで何があった? わけがわからない恐ろしさ。異世界に放り出されたような落ち着かない足元。


 ポッドに横たわれば機器が自動的に体をスキャンする。乗って良いものか。調べても解決しないのではという嫌な予感が強まる。調べてわからないこと、それが一番嫌だった。だが他に方法はない。

 ポッドに上がってスイッチを押したが意外にも起動した。

「大丈夫だ」

 けれど、自分に語りかけることはよくない兆候だと知っていた。けれども仕方がない、今は自分しか起きていないのだから。

 プゥンと音が鳴ってベッドのふちがぼんやりと青に瞬く。そういえば管理センターの光も妙に青じみていた。起きた時のハッチの光も青色だったが元はもっと緑だったような気がする。

 ひょっとして私は青系統の光しか認識しできなくなっているのかもしれない。

 オレンジは赤と緑の光で構成され、青は含まれない。そう考えるとオレンジ系統の廊下の光は見えないのかもしれない。目か脳かはわからないが、不具合の原因に合理的な推論ができて、私はようやく少し落ち着いた。


 わけのわからない事態に苛立っている。

 落ち着いているつもりでも意外と冷静を欠いていただろうか。ひとつ深呼吸。ぺちぺちと両頬を叩く。落ち着け落ち着け。

 気を取り直す。体調が悪いだけだ。

『お名前を教えて下さい』

「パオロ・ルッソ」

『声紋確認が取れました。本日はどうされましたか』

「目と鼻がおかしい。他にも不具合があるかもしれない」

『了解しました。スキャンを開始します』


 優しげな機械音声の問診。少し安心する。

 ベッドに横たわると様々な光が照射された。これで不調の原因が判明するはず。そう思っていたのに。

『エラーが発生しました。再度スキャンします。よろしいですか?』

「はい」

『エラーが発生しました。再度スキャンしますよろしいですか?』

 何度繰り返して発生するもエラー。

 その声に再びさざなみのように不安がわきあがる。床面のぺとりとした冷たさ。両肩に力が入っているのに気づく。こういう時こそ落ち着かなければ。

 大量のエラー。流石に機器が壊れているのだろう。そうに違いない。私に異常があるかどうかにはかかわらず機器に異常が発生している。そうに違いない。何故ならポットは破壊されていた。だからそれで説明がつく。


 けれどもこのコロニー自体に異常があるかもしれない。

 首筋がゾワリとする。それから目眩も。

 万一コロニーに不具合が発生すれば生存は絶望的だ。だが。頭を振って思い直す。だが内部環境保全と外部侵入遮断は必須事項だ。強固に設計されているはずだ。セーフガードが何重にも敷かれている。そう容易に崩壊するとは思えない。

 いずれにせよ原因がわからない。それなら全員を起こして協議するより他はない。重苦しい予感に背中に一筋、汗が垂れた。

 その前に前任者に確認をとらなければ。何か情報があるはずだ。

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