第15話 残り9日。海の前日

 8月23日。金曜日。

 明日は海に行く予定だ。

 水着は買ったし、準備は万端……と言いたいところだが、俺には今日中にやらねばならないことがある。


 ──執筆だ。


 土曜日分の話を書いておかねばならないのだ。

 いつごろ海から帰って来るのか分からない。

 大人たちはきっと酒を飲むのだと思っている。

 帰ってきてからの執筆では、間に合わないかもしれない。


 カタカタ、カタカタ、カタタ。


 ある程度進んだところで、俺は立ち上がり、ぐっと背伸びした。

 ひと息入れようと、リビングへ向かう。


 ピンポンとインターホンが鳴る。今日もきっと、みのりだろう。

 そう思った俺は、モニターも見ないで通話ボタンを押し「開いてるぞ」と返事をした。

 玄関がガチャリと開いて、来客が声をかけてくる。


「門川ぁー! やっほー!」


 みのりだと思っていた相手は、凛那だった。

 驚いて、俺は廊下に顔を出す。


「凛那? え? なに? どうした?」

「アンタがその後、気にしてるかなって思って、ほら! 連れて来てあげたわよ!」


 そう言って差し出されたのは、猫。

 あの日、凛那が助けた猫だ。


 凛那はあの後、猫を家に連れ帰り、そのまま飼っているらしい。

 その猫を連れて、俺の家に遊びにきた……とのことだった。


「おー、お前元気そうじゃん」


 俺はそう言って、猫の背を撫でる。猫は「ニャーオ」と返事をした。


「あ。そうだ。俺、凛那に聞きたいことがあったんだ」

「んー? あにー?」

「……って、おい。なに人の家の冷蔵庫を勝手に開けて、アイス食ってんだ」

「いいじゃん! 外暑いんだもん! それよりも、聞きたいことってなに?」

「夏祭りのとき、お前がみのりに化粧したんだよな?」

「そうだよー」

「じゃあ、ちょっと教えてくんない……?」


 俺はスマホを持って、凛那に近づいた。

 肩を寄せ合うようにして、ふたりでスマホの画面を見ていると、リビングのドアが開く。


「あー……外あっついわねぇ……圭~! ちょっと母さんに麦茶入れてくれな……」


 ぱたぱたと手で顔を仰ぎながら、外から帰ってきた母さんがピタリと止まる。

 母さんの後ろから、みのりもひょっこり顔を出していた。


「ケイちゃんと……つばさちゃん……?」


 ピシリと空気に亀裂が入った気がする。


 なんでだろう。

 悪いことは、なにひとつやっていないはずなのに、見られてはまずかったようなこの雰囲気は。


「えっと……おかえり? みのりも麦茶飲む?」


 俺はとりあえず、無難な言葉をチョイスして、その場をなんとか乗り切るのだった。




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