第13話 残り11日。麦茶

 8月21日。水曜日。

 俺はパソコンの前で頭を抱えている。


「……俺はバカか? バカなのか?」


 季節は夏。高2の夏。

 それを舞台としたラブコメ。

 一番の見せ場は、きっと『夏祭り』になるはずなんだ。


「毎日更新の折り返し地点で、夏祭りネタを書いてしまった……ここからどうすんだよ……」


 うおおおおおと再度、頭を抱える。


 話は既に公開済。

 フォローもPVも少ないけれど、それでも読んでくれている人がいる。

 これを取り下げることは、俺の小説家魂に反する。


 どうしようかと悩みながら、俺はキーボードの横に置いた麦茶のコップに手を伸ばす。


「あ。もうない」


 空になったコップを持って、俺は一階のキッチンへと向かった。


 冷蔵庫を開けて、麦茶を入れる。

 ピッチャーに入った麦茶が空になった。

 俺はそれをシンクに置いて、今日は仕事が休みの母さんに声をかける。


「母さん。麦茶なくなったよー」

「えー? もう? まったく……飲むのはアンタなんだから、麦茶くらい作りなさい」

「……麦茶の作り方なんて知らないんだけど。緑茶みたいに急須に入れればいいの?」

「は、はぁ!? 麦茶のパックが入った袋に書いてあるわよ! それくらい覚えないと、ひとり暮らし始めたときに大変よ」

「……へーい」


 俺は麦茶のパックが入った袋を取り出して、袋の裏に書いてる作り方を見た。

 おお。やかんで煮だしたりしないんだ。一度、水を沸かす必要があるとずっと思てたよ。水だけでいいなら、ラクチンだ。


 シンクに置いたピッチャーを洗って、水を入れ、麦茶のパックを入れると、俺はそれを冷蔵庫に入れた。これで数時間待てば、麦茶の出来上がり。簡単なもんだな。


「母さん。作っといたよー」

「あら、ありがと。あ、そうだ。圭、今度の土曜日、お隣の藤見さんと一緒に海に出かけるわよ。あんた水着あったわよね?」

「……スクール水着なら」

「ダサいわね。毎日、暇してるんだから、明日にでも新しい水着見てきたら?」


 母さんはそう言うと、バッグから財布を取り出し、一万円札を俺に渡してきた。

 おつりで明日のお昼ご飯も外で食べていいらしい。ラッキー!


(……みのりのヤツ、誘ったら買い物一緒に行くかな?)


 そう思った俺はポケットからスマホを取り出して、トトトッとメッセージを打つ。


「送信……っと」


 送信ボタンをタップして、スマホをポケットに戻す。

 俺は麦茶の入ったコップを持って、また自室に籠る。

 そして、うんうんと唸りながら、話の続きをまた考えるのだった。





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