第47話 むらがる者たち
それと共生できれば、若い姿のまま数千年を生きられる。だが失敗すれば、知性を失い、獣のように虫をむさぼり食う化け物と化してしまう。それは賭けだ。もしも、前者になる確率がもっと高ければ、憧れる者は少なくあるまい。
「誰が適合できるのか事前にはわからないのかな?」
「適合者には声が聞こえる。わたしもそうだった」
「声?」
「エンパシーを持ってるっていったでしょ? たぶん、それ」
エンパシーはテレパシーに似た超能力だ。他者の見聞きしたものや感情が映像として見える力のことである。
「おれは適合できないの?」
「あなたはここにいちゃいけない。帰らないと」
「ずっと君といる」
「……」
蛍はまたあのさみしげな笑みを見せると、今度は逆にむかって歩きだす。脈打つ粘菌の炎のような明るさがしだいに遠くなる。かえりみたとき青白い光が泣いているように見えた。
洞窟はゆるやかなのぼり坂になっていた。海中の入口がどこにあるのかわからないが、蛍がめざしているのは、そこではないらしい。岩壁に張りつく粘菌の光がどんどん弱くなる。やがて、暗闇になった。懐中電灯は塩水につかって壊れていた。スマホは防水性だが、あまり電力が残っていない。ライトがわりにできるほどではなかった。
「なんにも見えない」
「わたしにつかまって」
手をつないで歩いていく。かなりの距離だ。あがったりさがったりしながら、数時間はたったように思う。ようやく出口が見えてきた。
「ここ、昼間だったら、たくさん人魚が寝てるのよ」
「もしかして、神社で見た集団かな?」
「子孫が絶えてお世話する人がいなくなったら、山にほうりだされてしまうの。地域ぜんたいでお供えものを用意はするけど、そんなんじゃ、たりるわけないし、いつもひもじい思いして、かわいそう」
「そうなんだ。長生きすればいいってものじゃないんだな」
神社で見た人たちの悲惨な状態が目に浮かぶ。
「それでも、あの人たちには自由がある……」
蛍の声に暗い響きがまざる。励ますために、聖王はわざと明るくふるまった。
「あそこ、光が見える」
「外に通じてるから、あなたは逃げて。それでもう二度と、ここへ来てはダメ」
「君もいっしょに行こう」
蛍は首をふったようだ。暗いのでよく見えなかったが、かすかに瞳が光るのは涙にぬれているからに違いない。
「一人はさみしいんだろ? 行こう。きっと君を守ってみせるから」
ところが、その答えは聞けなかった。思いもよらないところから、男の声がした。
「困るな。貴重な被験体を勝手に外へつれだそうなんて」
見ると、岩陰から男が現れた。白衣を着ている。男の持つ懐中電灯の光がこっちにさしむけられた。まぶしさに目をすがめて手をかざす。それでも、男がもう片方の手ににぎっているものの見わけはついた。拳銃だ。ここは日本のはずだが、そもそも排他的な禁域。無法地帯なのだ。医者がピストルくらい持っていても不思議はない。
「よしよし。撃たれたくないだろ? そのまま両手をあげて。まっすぐ外へむかって歩け」
「……」
ここまで来て殺されたくはないので、しかたなく命令に従う。それにしても、この男は何者だろう?
「おまえは? 人魚じゃないな」
「人魚が銃をふりまわすはずないだろ? 僕をあんな低脳といっしょにしないでくれ」
「でも、訛りがない。戸の内の住民でもない」
「そうか。人魚姫から僕らの説明は聞いてないのか。自己紹介してあげてもいいけどね。どうせ、君とは長いつきあいになる」
「どういうことだ?」
すると、にぎりしめていた蛍の手がこわばるのを感じた。
「ダメ! そんなこと、ゆるさない!」
彼女が叫ぶと、男は鼻先で笑う。
「なぜ? 彼は適合者の可能性が高い。それも、君と同じスーパーフュージョナーだ。XY染色体を持つスーパーフュージョナーは歴史上一人も存在したことがない。もしいれば、生物学上の大革命を起こせるかもしれないんだよ? スーパーフュージョナーどうしの結合からは新たな人類が誕生する。そして、我々の研究も偉大なる成果をとげるんだ」
研究……それに白衣を着ている。医者ではないのか? イヤな予感がつのる。
外から風が入ってきた。ザワザワと木々のざわめき。ふいに洞窟がとぎれ、外へ出た。月光に照らされる山間から、海岸部にこびりつくような集落が見える。目の下には戸の内と二津野町の境にあるトンネルがある。もっとも近くには鳥居が。
聖王は自分がどこにいるのか理解した。魚女神社の裏手だ。神社より高い位置にあり、完全に山のなかだ。車道はもちろん、登山道も通っていない。だが、白衣の男は迷うことなく指示を出す。
「そこ、左。足すべらすなよ?」
獣道をトレッキングさせられること五分。やがて、舗装された道路に出た。が、妙に荒れた印象だ。両側に雑草が生い茂り、アスファルトにヒビが入っている。
(旧道だ)
聖王が子どものころにはまだ開通していた旧道。新しい道ができたあと、通行禁止になっている。トンネルなしで峠をこしていたころの道なので、車一台通るのがやっとで、しかも、やたらとまがりくねっている。今では山一つ人の出入りがない。その場所に、いつのまにか立派な病院ができていた。もちろん、前にはなかった建物だ。車道からはそれているので近くの住民も知らないだろう。山肌に食いこむように建っているため、グーグルマップで上空から見ても隠れているに違いない。
「なんだ……ここ?」
つぶやくと、男がニヤニヤ笑いながら、銃口で聖王のこめかみをこづいてくる。
「わかるだろ? そりゃだって、ほっとかないって。不老不死だよ? 研究所だ。損傷遺伝子再生型寄生粘菌——つまり、人魚を研究する場所さ」
やはり、恐れていたことは現実になっていた。
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