第33話 暗闇の鬼ごっこ
「うわー! 人がおる!」
「はあ? おまえ、何いっちょうや? おるわけないが」
「いんや、おった! 若い男だ!」
叫び声にもう一人もよってくる。聖王はとっさに反対側に走った。階段に近い。そこから逃げるべきか迷う。しかし、まだぶらさげられた全員の顔をたしかめてない。杏樹がすでにそうなっているかどうか。これは絶対に確認しておかなければならない最優先事項だ。逃げるわけにはいかなかった。
「どこにおった?」
「あっち……あっちのほうに逃げていった」
「おまえ、おぞい、おぞいと思っちょうけん、幽霊でも見ただないか?」
「そぎゃんもんだなかった!」
話し声をさけるように、グルグルまわる。四角い部屋を半周もしただろうか。角あたりで何かにぶつかる。その何かが「イテッ」といったので、人間……それも、心だとわかった。聖王は心にとびつき、口をふさぐ。
「静かに」
最悪だ。今の声を聞きとがめられて、さっきのやつらがこっちへ来るだろうか? せめて木の棒でも持っていれば、二人を失神させて、そのすきに心を助け、杏樹の安否をたしかめた上、ここから逃げだすという手段もとれたのに。この暗闇で武器を持った男になぐりかかられたら、さけようがない。
しかたない。心のことはいったんあきらめて、あとであらためて助けよう。そう思い、歩きかけた。が、そのときだ。小走りで足音が遠ざかっていく。階段をあがる音がした。やがて、頭上でゴトンと大きな物音が。コンクリートのあげぶたを閉めたのだ。
(閉じこめられた……)
暗い冷凍室に監禁された。ものの数十分で意識が遠くなり、凍死するだろう。男たちは今ここで争うより、時間はかかっても確実に聖王を殺す方法をとったのだと理解した。
しかし、それならもう遠慮する必要はない。懐中電灯をバックからとりだし、点灯する。心の青ざめた顔が見えた。
「まさき。なんで、ここに?」
「たまたまだよ。なかを調べようとしてたら、あんたらが来たから、なかに入ってきて」
「でも、閉じこめられたんだろ?」
「たぶん」
全身にガタガタとふるえがつく。侵入してから十分は経過している。着替えを入れたままなので、カッコなんて気にしてられなかった。タンクトップ二枚、Tシャツと半袖シャツを上から着こむ。心が縛られている紐をカッターで切ると、残りの半袖を渡した。
「と、とにかく、上に行こう。ここよりマシじゃないか?」という心に、「あんた、ぶらさがってるもの見たか?」たずねると、首をふった。
「それどころじゃなかった。殺されるかもって、それしか考えてなかった」
「人間だよ」
「は?」
「そこらへんにマグロみたいにつりさげられてるの、人間なんだよ」
心は最初、信じてなかったようだ。が、聖王が懐中電灯でそっちを照らすと、わあっと声をあげて尻もちをついた。
「う、うわ……なんで、なんで……」
「この集落の連中は毎年、ニエを人魚にさしだしてるんだ。てか、説明はあとだ。このなかにおれの妹がいるかもしれないんだ。一人ずつ確認するぞ。おまえも手伝えよ。女がいたら教えてくれ」
「え? ちょ……僕、死体とか、さわりたくないんだけど……」
「さわらなくても顔は見えるだろ?」
もうかまってられない。これ以上の時間を食うと、寒さでほんとに死んでしまう。聖王はさっきの続きから調べる。懐中電灯があるので今回は早かった。ほとんどは男。女はほんの数人だ。その一つ一つの顔を見る。こびりついた霜を落とすと、どれも知らない女だった。きっと、集落に迷いこんで拉致された観光客だろう。かわいそうだが、杏樹ではなかったことに心底ホッとする。涙がこみあげてきた。
(今度こそ、守るって……)
よかった。まだ、氷づけにはされてない。でも、だとしたら、杏樹は今どこにいるのだろう? スマホがあったのだから、いったんはここにつれてこられたはずだ。それから、また別の場所へ移動したのだろうか。
とにかく寒い。地上への階段をあがっていく。あたたかい空気は上へ行くから、気持ち地下よりはマシだろうと考えた。が、やはり階段の出口はコンクリートでふさがれている。
心は早くも涙声だ。
「もうダメだ。ここで死ぬんだ」
「入るときに見た感じだと、ふたになってるコンクリートはそれほど重くなさそうだった。じゃないと、あげおろしに困るし。二人で力をあわせれば、なんとかどけられると思う」
「そうかな?」
「おれのが背高いから、うしろにまわる。心は前から押してくれ」
「わ、わかった」
位置を入れかわり、両手を天井につけると、「せーの」で押しあげる。コンクリートのかたまりは、かなり動いた。が、上にケースでも載せているらしく、ふたたび沈みこんだ。
「やっぱりダメだよ。ここからもう出られないんだ……」
「心。もっと前に出て」
「でも、これ以上前だと、しゃがまないといけなくなる」
「それでいいんだ。手の力だけじゃなく、立ちあがる力を利用すれば、もっと力が出る」
「……やってみる」
もう一度、力をあわせる。ひざの屈伸の力を活かし、全身の力で立ちあがる。派手な音がして、ふたがひっくりかえった。頭上からコンコンと固いものが降ってくる。冷凍イカのようだ。
「イテテ。いて、イテ」
「でも、出られたぞ」
心がいてくれて助かった。一人だったら、このふたを持ちあげられなかっただろう。
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