第27話 金魚



 そのあとも、ヨネに対して人魚とはなんなのか、根ほり葉ほり聞いたが、あいまいな答えしか返ってこなかった。隠してるというより、ヨネ自身、それ以上の詳細を知らないようだ。現象としての人魚は認めているものの、その実態には。それは戸の内の住人ほとんどのスタンスらしい。


「人魚がどぎゃんもんかは知らんけど、うちのお父ちゃんみたいに海で死んだか、ニエになって戻ってきたかだわね。ニエはそのまま帰ってこんもんと、帰ってくるもんがおる。肉で出さいたら、もちろん生き返らんだども、生きたままのニエはたまに戻ってくるけんな」

「つまり、ニエは人魚にさしだしたものなんですか?」

 ヨネはうなずく。

「なんでですか? 死人が怖いからですか?」

「ここらじゃ、海で人が死ぬのは人魚がつれていくけんだてていわれちょう。だけん、つれていかんでごせ、かわりにニエ出すけんて意味じゃないだらかね。わはそう思っちょうが」

「ニエをさしだしたら、ほんとにつれていくのをやめてくれるんですか?」

「昔話じゃ、ニエ出さんだった年は人魚があばれて手がつけられんようんなったそうだがね」


 けっきょく、人魚は謎のままだ。ただ、魚女神社の縁起や見聞きした人魚たちのようすから、少しわかる。人魚は魚や動物、虫などのタンパク質——つまり、肉しか食べない。それも、どうやら生肉だけだ。戸の内のなかでも海で死亡した者だけがなる。ただ、全員がなるわけではない。ヨネによれば、海で行方不明になって、そのまま戻らない者もいる。また人魚は仲間を増やす。そのためのニエだ。肉で出される年もあることから、人魚の食料、または増員のためのニエのようだ。目の前で溶けたことを考えれば、ただの死体ではなく亡霊的な何からしい。そのくらいか。


「そういえば、近所のあゆむくんが押し入れのなかにいました。あゆむくんのお母さんは自分の息子を見て、すごく怖がってるようでした。顔色が死人みたいだったし、しかたないですけど」

 ヨネはため息をつく。

「あゆむは戻ってきたか。人魚になっただね」

「あゆむくんは、やっぱり、ニエだったんですか?」

「こないだの祭りでなぁ。あすこは子どもが一人しかおらんだったけん。嫁さんはよそもんだで、祭りの日だけのお役目だと思っちょったみたいだわ。そのあとから、ちょっこし、おかしなったみたいだがね」


 金魚の浴衣を着てうずくまっていた少年を思い浮かべ、聖王はおぞましい事実に気づいた。

「ヨネさん」

「はいはい」

「もしかして、ニエって、祭りの日に金魚模様の浴衣を着せるんですか?」

「よう知っちょうね」

 やっぱり、そうだ。ということは、あゆむだけじゃない。高木親子から助けてくれたあの少女もニエになって戻ってきた人魚だ。高木家か、その近所の子どもだろう。そして、杏樹は金魚の浴衣を着て祭りへ行った……。


「妹を探してるといいましたよね。じつは、杏樹は祭りの日、金魚の浴衣を着て神社へ行ったんです。そのあと、自分でトンネルをぬけて、こっちへ来たみたいなんですが」

「そうはいけんね。ニエとまちがわいて、つれていかいたかもしれん」

「どこへですか?」

 すでに答えは知っている気がした。これまで見聞きした事実のなかに、ヒントは隠されていたような。

「魚崎だわね」

 やはり……。


「魚崎には近づくなと、あそこでは絶対に泳いじゃいけないって、子どものころ祖父に教えられました。人魚がいるからなんですね?」

 が、老婆は首をかしげる。

「わは行ったことないけん、わからんわ。たぶん、そげじゃないだらかね。ニエはあそこにある祠に入れらいて、そのままなら食われて死んだ、戻ってきたら人魚になったといわれちょう。戻ってきたもんは家族が生きちょうかぎり養うだどもね。なんせ人魚は長生きなけん。いまだに江戸時代の先祖が家におるとこもああよ」

「人魚が長生き……でも、死んでるんですよね?」

 ヨネは笑う。

「なんだわね。見ためが変わらんまま、ずっと家におるちゅうことだ。うちのお父ちゃんも若に見えぇでしょうが?」

「ですね。四十歳くらいに見えます」

「死んだ年のまま変わらんけん。だども、だんだん頭が悪くなぁみたいで、最初のころはまだ、わの名前呼ぶこともあったに、今はもうあげだわ。話しかけてもなんも答えん。自分が何しちょうかもわからん。ちょんぼずつ動物みたいになってくみたいだがね」


 亡霊の記憶がどうなっているのかはわからないが、何かしらの劣化が進行しているのかもしれない。思いおこせば、高木親子から助けてくれた女の子は、かなり人間らしい姿だった。黒目もちゃんとあった。あゆむにかぎっていえば、顔色が青白いこと以外、ほとんど人と変わりなかった。やはり、最近に人魚になった者ほど、生きていたときの状態に近い。そこから、どんどん人間らしさがぬけおちていく。


「でも、杏樹のスマホは今、漁業組合の建物付近にあるんです。魚崎に近いことは近いけど、二キロは離れてる。ニエ代にされたなら魚崎につれていかれたはず」

 GPSには誤差がある。電波状況によるが、今のところ台風も来ていないし、晴天が続いている。そこまで大きな差異はないはず。マップで見た海への小さな突起は誤差の範囲をそれているように思う。

「このあたりにいるはずなんです」

 スマホの地図を拡大して見せると、ヨネの顔はくもった。

「……まあ、明日行ってみぃだ。年よりはもう寝ぇけん。あんたも早に休むだよ」

 なんとなく逃げるようなふんいきで、ヨネは寝室へ入っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る