第23話 そのころの龍夜たち

 *



 一方、約半日前にわかれた龍夜たちだ。日没前の一番暑い時間帯に長い階段をあがって県道まで歩かされて、龍夜は不機嫌だ。いつも顔色をうかがっている透は、それを見ただけでウンザリしていた。


(……ったく、ついとらん。だいたい、龍夜が美人の彼女に新車自慢でハシャギすぎやったんや。アホほどとばしやって)


 それでも、龍夜とつるんでいれば、遊ぶ金は必要ないし、あれで仲間内には優しいとこもある。悪い友人ではなかった。むしろ、心のほうが信用できない。大学入学したあとすぐ、コロナにかかって、半月ほど透は休学していた。そのすきに龍夜にとりいっていたのだ。キャンパスに戻ると、いつのまにか自分の立ち位置に心がいた。最初から気に食わなかった。いい人のそぶりをしているが、じつは腹黒いタイプではないかとふんでいる。


「車、どこにあるんすか? 県道出たんやけど」

 聞くと、高木はニコニコしながら前方を指さす。

「もうすぐ。そこですわ。どっちみち、怪我人も運ばなならんけん、そこまで行ってみぃか」

 なんやかんや、アスファルトの坂道をのぼらされた。事故車が見えてきたときには汗がふきだしていた。だが、ガードレールをつっきって路肩でひしゃげた車のそばに、明香はいない。心だけが道端にすわっていた。

「おい、明香はどこだ?」

 龍夜がやつあたりぎみに怒鳴ると、心はへりくだった。

「さっき、病院につれてかれたよ。見物してた人が軽トラ出してくれて。一人しか乗れないから残されて、どうしようかと思ってた」


 するとまたニコニコしながら、高木があいだに入る。

「そうなら、ちょうどよかったがね。うちに戻るか? 晩飯ふるまうが。ちょっと漁港まで行けば、活きのいい刺身が出せぇよ?」

 龍夜が即答する。

「いや、おれらは明香がつれてかれたって病院に行く。送ってくれ」

 龍夜はせまくるしい田舎屋で一泊なんて、とても考えられないタイプだ。病院なんていってるが、本心は町へ出たらすぐさまホテルを探す気だろう。だが、心は残るという。刺身に目がくらんだのか、暑い野外にずっといて、さすがに疲労困憊か。

「ほんなら、あんたはさきに、うちに戻っちょうといいわ。階段の下に親父がおるけん。兄ちゃんたちは、こっちに来なはい。駐車場がそこだけん」

 心が去っていき、龍夜と二人で高木についていく。県道の片側は山、片側は崖だ。高木が山手へ入っていくので、歩きつかれた龍夜はまた文句をいう。

「おっさん、まだなんか? どこまで歩かせるんや?」

 しかし、まもなく、ひらけた場所に出た。舗装もされてない空き地に数台、自動車が停まっている。そこへ来たとき、透はなんとなく違和感をおぼえた。何がとはいえない。が、本能的に気配を感じた。空気が緊迫しているというのか。


「じゃ、うしろに乗ってごしないや」

 高木はリモコンキーで鍵をあけながら、後部座席を指さす。龍夜は不便で不快なこの集落を出られるというだけでご機嫌になって、ドアにとびつく。

「透、早くあっちにまわれ」

 龍夜にいわれて、透は不審をいだきつつ、反対側のドアへむかった。そのとたんだ。周囲の車のかげから、四、五人の男が現れる。手に鎌だのくわだの持っている。ヤバイと思ったときには、ギャッと悲鳴が聞こえた。龍夜が後頭部をスパナでなぐられ、ダウンしている。透は警戒していたので、その瞬間に走りだしていた。


(なんや? なんで襲われるんや? おれら、なんもしてへんで?)


 もちろん、地元へ帰れば、じゃっかんの心あたりがないではない。恨んでる連中もいるだろう。何しろ、龍夜は大人になりそこねたガキ大将だ。カッコつけて悪ぶったこともある。でも、ここへは初めて来るし、事故を起こしたとはいえ、誰かをまきこんだわけじゃない。完全なる自損事故だ。なのに、なぜ、とつぜん——


 うっそうと茂る雑草が足にからむ。何度かころびそうになった。すごくカッコ悪い。でも、そんなこといってられない。捕まったらどうなるか。たぶんだけど、殺される? そんなのイヤだ。でこぼこした山道を必死に走る。うしろから追ってくる足音がやまない。それに、龍夜はどうなっただろうか? まさか、あの一撃で死んでしまったのか? 病院に運ばれたっていう明香はどうなのか? ほんとに病院に送ってもらえたのだろうか? もしかしたら、明香もすでに……。


 泣きわめきたい衝動をこらえながら、透は走った。県道へ出て、それから、トンネルを逆行しようと考えた。この集落はおかしい。ここから出れば、まともな世界に帰れる。あのトンネルを越えたとき、きっと異次元に迷いこんでしまったのだ。

 ようやく、県道が見えた。ものすごく時間がかかったように思えたが、じっさいには三分もたっていない。トンネルは県道のすぐそばだ。そこへたどりつきさえすれば……。


 梢におおわれて暗い山道から明るい車道が見える。あと少しでふつうの世界へ帰れる。龍夜や明香がどうなったかはわからない。龍夜がいなくなると、これからはバイトしなくちゃいけなくなる。これまでどおりには遊べない。そんな心配まで、ふっと頭のすみをよぎった。生の世界へ戻れた喜びがほとばしる。おれは勝った。勝ったんだと、意味もない達成感に満たされた。

 だが、その瞬間だ。目の前の木陰からシルエットになった男が現れ、退路をふさぐ。影になって不鮮明なせいで、その仕草は夢のなかの出来事のように見えた。男が猟銃をかまえ、銃口をこっちにむけている。


(え? え? 嘘やろ? こんなん、おれの人生で起こるわけが——)


 さっきまでの笑みがまだ頬に張りついたまま、透は人生の終幕を告げる銃声を耳にした。

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