第21話 かくれんぼ
上下二段になったよくあるタイプの押し入れだ。その上段に子どもが体育ずわりしている。七、八歳くらい。可愛い顔立ちだが、そのおもては青ざめて見えるほど白い。パジャマではなく金魚模様の浴衣を着ている。思わず、聖王はしりもちをついてしまった。が、倒れたところに座布団がつみかさなっていたので、ほとんど音を立てずにすんだ。しばし、少年と見つめあう。
(幽霊……)
やはり、ここはおかしな町だ。あっちにもこっちにも亡霊がいる。
だが、女の足音が今度はこっちへむかってくる。生きている人間が怖いか、死んでいる人間が怖いかの二者択一だ。どちらも怖いが、生きた人間のほうが現実的な殺傷力は高い。イヤだったが、背に腹は変えられない。下段のすきまに入りこみ、襖をしめる。直後に廊下側の襖のひらく音がした。
「あゆむ、いるの? 帰ってきたの?」
女はわが子に声をかけつつ、部屋のなかを歩きまわっている。まるで、かくれんぼしてるように、しきりに話しかけながら、物陰を一つずつのぞいているらしい。
「あゆむ、いるんでしょ? コタツのなかかな? それとも、テレビ台のうしろ? わかった。ほら、ここでしょ? 押し入れね?」
答えは最初からわかっているのに、わざと最後まで正解をとっておいたような口調で言い、押し入れの襖をガラッとあける。もうダメだ。見つかってしまう。女がさわぎたて、通りから男たちがなだれこんでくる。金属バットや猟銃を持った男たちにとりかこまれる……。
ところが、いつまでたっても、女の反応がない。チラリと目だけで見ると、髪をふりみだし、やつれた感じの女がまっすぐ前をむいていた。下段からはあごのさきしか見えないが、硬直しているようだ。
(そうか。上段に男の子がいたからな。そっちを見てるのか。でも、それにしては……)
わが子を見つけたはずなのに、なぜ、話しかけないのか? 目の前のひざはガクガクとふるえている。むしろ、怖がっているみたいじゃないか?
しばらくして、女は無言で襖をしめた。そのあと、ゆっくりと足音は二階へむかっていく。また、あのギイギイという音が聞こえ、少しずつ遠ざかっていった。
(なんだ? なんで、あの女。自分の息子に何もいわなかったんだ? 亡霊だから? まさか、霊だから見えてない? でも、それにしちゃ、ひざがふるえてた。あれは見えてたヤツの反応だ)
もしかして、あの女の息子はつい最近、死んだのだろうか? そういえば、女はひじょうにやつれていた。わが子を亡くした心労のせいかもしれない。やっぱり幽霊だ。そうに違いない。少年は死んだあとも未練があって自宅に帰ってきたのだ。
聖王は急いで襖をあけ、押し入れから這いだすと、ふりかえった。少年は同じ体勢で上段にすわっている。でも、最初に見たときほど不気味ではない。どこか、さびしげでさえある。聖王があとずさると、かすかに手をふった。
——バイバイ——
なんとなく、うしろ髪をひかれる思いで、聖王は部屋を出た。金魚の浴衣……杏樹も祭りの日、金魚模様の浴衣を着ていたらしい。高木家から逃げだすとき、助けてくれた女の子も金魚の浴衣だった。
なんだろうか? この符号。ただのぐうぜん? いや、何か意味があるとしたら? 気になる。
とにかく、出口を探さないと。あわてていたので、多少の物音は出してしまったはずだが、女はもう二階からおりてこなかった。息子の霊におびえているのかもしれない。
やっと、階段のかげにドアを見つけた。台所だ。一段低いのは、昔、土間だったところを改装したからのようだ。流し台のむこうに窓がある。ゴチャゴチャとザルやら鍋やら置かれた棚がジャマだが、かろうじて窓はあいた。流し台にあがり、窓をふみこえる。なんとか裏口には出られた。が、そこも家々の建ちならんだ小路だ。懐中電灯の光が無数の蛍のようにただよっている。あの数じゃ、そのうち見つかる。抵抗すれば殺されるし、抵抗しなければ監禁された上、ニエにされる。どっちみち死ぬのだ。
(せめて、杏樹だけでも助けたい)
やはり、また、そのへんの建物に侵入して通りぬけるしかない。しかし、さっきのようにうまくいくとはかぎらないが。無人のようでも、就寝中の住人はいるのだ。
(どうしよう)
ウロウロしていると、懐中電灯の光が近づいてきた。とっさにエアコンの室外機のわきに隠れる。とはいえ、かがんだだけだ。体は隠れていないから、光で照らされれば、すぐに見つかってしまう。よく見れば、家と家のあいだにすきまがあった。かがんだまま、ちょっとずつ足をずらして、そっちへ入りこむ。
「おーい。塩屋の。このへんに不審者が来らんだったか?」
懐中電灯の男が玄関戸をたたいている。ガチャガチャと鍵をあける音がして、ガラガラと戸がひらいた。
「夜中になんかね?」
その声、聞きおぼえがある。さっき、畑の亡霊がいた家の老婆だ。
(この家、畑のうちの表側だったのか)
とにかく、二人が話しているすきに裏へまわる。けっきょく、あの畑に戻ってきてしまった。縁側のよこを通りすぎようとしていると、表でピシャンと戸を閉める音がした。男は去っていったようだ。とりあえず、ホッとする。が、困ったことに、畑にはふたたび、あの男がいる。白く発光しながら、ぼんやり、つっ立っていた。
「お父さん。あんた、一晩になんべんだ。もう家に入りなさいや」
ガラス戸をあけて息子を呼ぶ老婆が、ふと下を見る。バッチリ、目があってしまった。
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