第15話 親切すぎる住人



 食用ガエルなんて、ゲテモノ料理だ。戦後や戦時ちゅうならまだしも、今の時代で好んで食べる人間なんているのだろうか? 鶏肉にそっくりだなんて聞いたこともあるが。老人だから食の好みが昔風なのかもしれない。


 仏壇の間に帰ろうとした聖王は、いつのまにか坪庭に女の子が立っていたことに気づいた。浴衣を着ている。でも、杏樹ではなかった。もっと小さい。小学一、二年生だ。この家の子だろうか。声をかけようとすると、走っていってしまった。追いかけようにも、もう姿が見えない。今度こそ仏間へ帰る。が、その途中で龍夜たちのさわぐ声が聞こえてきた。

「だから、ほんまやって。そこに人がいたんや」

「こんなすきまに人間が立てるかよ。透、おまえ、悪ふざけもいいかげんにせぇよ」

 仏壇の戸の裏に人がいた、いないで争っている。

「おれ、もう、帰る。JAFに電話して代車呼ぶ。ここ、なんか変だ」

 龍夜がわめきちらして玄関へ走ろうとしたときだ。その玄関口から誰かやってくる。廊下をきしませて現れたのは五十代の男だ。

「やあ、どうも。事故起こしたげなね。怪我人がいるんでしょ? 町の病院まで送っていこうか? ここらは道せまくて救急車来てくれんのですわ」

 信じられないくらい親切な申し出をしてくれる。龍夜と透は顔を見あわせ、一も二もなくうなずいた。

「おれらもいっしょに町まで送ってもらえるかな? お礼はするよ」

 龍夜は派手な車をポンと買ってもらってることからも金持ちの息子なんだとわかる。何かといえば金だ。聖王にしてみれば、ここで禁域から出ていくわけにはいかない。が、頑強に反対すると、龍夜たちの友人じゃないことがバレる。とりあえず賛成しておいて、どさくさまぎれにそのへんの路地に隠れようと画策する。思案していたのに、家主の男は残念そうに首をふった。

「悪いけど、軽しかないけん、一度に五人は乗せられんわ。さきに怪我人を病院までつれてくけん。あんたやつはそのあと戻ってきてからでもいいかいね?」

 軽なら、怪我をした明香といっしょに残った板野を乗せると、あと一人しかすわれない。当然、金持ちでワガママな龍夜は聖王を数に入れてないだろう。自分か透のどっちかが残るしかないと思案した。

「透。おまえ、残れよ。おれは明香についててやらないと」

「それいうなら、板野残しときゃええんちゃうか?」

「ああ」

 というわけで、龍夜と透は出ていくといいはる。家主にとってはどっちでも同じらしく、てきとうにうなずく。

「じゃあ、親父は無愛想だけど、茶くらいは出せぇけん、待っちょってごしなはい」

 いい残して、男は龍夜たちをつれ、玄関を出た。駐車場は離れた場所にあるのか、坂道を歩いてのぼっていく。それを見送って、ふたたび、聖王は仏間にあぐらをかいた。しばらくして、板野がやってきた。誰かに案内されたのか、よくここまで迷わず来れたものだ。


「龍夜、あいかわらずだよね。おれが行くからって追いはらわれたよ」

「病院ならクーラーきいてるからだろうね」

 板野は見たところ、龍夜たちのパシリだ。ひごろの鬱憤うっぷんがたまっているのだろう。そのあと、ひとしきり彼らの悪口をぼやいていたので、三人の関係がよくわかった。龍夜は車の販売店の社長令息。透はその幼なじみで、龍夜はアレコレ弱みをにぎられている。板野は関東出身だが、大学で二人といっしょになり、思ったとおり使いっ走りだ。が、金を持ってる龍夜が便利なので、それに甘んじている。ある意味、持ちつ持たれつの関係だった。

「明香ちゃんはさ。去年の大学ミスコン優勝者だよ。可愛いから龍夜が目をつけて。でも、明香ちゃんも龍夜を本気で好きっていうより、たっぷりつまった財布がわりなんだろうな」

 そんなふんいきはただよっていた。いつ別れても、どっちも悔いはないのだろう。

「今回ので別れるんじゃないかな。さっきの龍夜の態度はひどかったし。にしても、君もやっかいなことにまきこまれたよね。えーと……」

「正木です」と聖王がいったのを、板野は勘違いした。

「まさきくんか。じゃ、僕のことはしんでいいよ」

 聖王の名字を下の名前だと思ったのだ。そのほうが、こっちも都合がいい。

 二人で話が盛りあがっていると、無愛想な老人が麦茶と茶菓子を出してきた。菓子はともかく、氷の涼しげな音をたてる麦茶には抵抗できなかった。二人ともむさぼるようにそれを飲む。その直後だ。急激に睡魔に襲われ、目をあけていられなくなった。たぶん、そこで意識を失ったのだろう。


 暗闇をただよっている。体を動かそうにも動かない。金縛りだ。すると、どこか上のほうから人の声がする。

「こいつら、どげする?」

「車はもう移動させといた。境港あたりに沈めとけば、ここらへんまで警察は調べに来んだろ」

「今年の祭りは終わったけど、五人もおれば五年もつな。助かぁわ」

「五年も閉じこめとくのは難しいだないか?」

「途中でバラして冷凍すればいいがね。そのための業務用だけん」

「いくら冷凍でも鮮度が悪くなるわ。三年は飼い殺いたがいいだないか?」

「そげだね」

 複数の男の声だ。五、六人はいる。それらがしきりに不穏な内容を話しあっている。まさか、聖王たちを監禁して殺す相談をしているのだろうか? そうとしか思えない。

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