第14話 迷路の町
車一台がやっと通る道。それもこの町のなかでは大きいほうで、ほとんどは車も通らない昔ながらの路地だ。舗装はされているものの、アスファルトじゃない。小石をまぜこんだコンクリートである。それがあっちこっちにまがりくねり、家や階段が入り組んで、完全に町ぜんたいが迷路である。さっきの山のなかの県道に戻れる自信がぜんぜんない。今はまだ昼間だからいいが、夜になれば真っ暗だろう。街灯が見あたらない。
だが、怪しまれずにふところへは入りこめた。このあと、どうやって情報収集すべきか。そういえばテレビで見たんですが、このへんで女子高生が行方不明だそうですね、くらいでいいのか。その攻めかたなら、しつこくは聞けない。タイミングが大切だ。相手がじっくり腰をすえているときに切りださなければ。
「ここだ。入れ」
ボソボソいわれて、来たのは迷路の中心あたりだった。となり近所が密着するようにひっついている。どこからどこまでがこの家主の所有なのか見当もつかない。念のため、玄関をくぐる前にさっきの県道の位置を確認しておいた。家の右手に見えている高い城壁のような法面の上がそれだ。ジグザグに階段がついているのが遠目にも見える。何かあれば、そっちのほうへ逃げていけばいい。
(にしても、こっちは神社の裏から通じる道じゃないよな。あれはどこにつながってるんだろう?)
神社の裏は県道よりもっと南方面へむかう。このあたりは県道より北側に階段状にひろがる居住地区。方角が逆だ。しかし、家のなかへ入ると外の景色は見えなくなる。裏の家のほうが少し高い場所にあり、それが窓をふさいでしまっているのだ。昼間なのに家内は薄暗い。昔ながらのせまい家。龍夜たちはしきりに小声で「うわ、きたねぇ」とか「クーラーきいてない」などと文句をいっている。たしかに何か出そうなふんいきではある。
老人がゴニョゴニョいいながら、座卓のある部屋へ案内した。仏壇があり、白黒の遺影がたくさんならんでいる。見おろされているようで居心地が悪い。
「あの、すみません。電話を貸してもらえますか?」
龍夜たちは一台しかない扇風機の前に陣取って動こうとしない。自分の彼女なのに、ほんとにどうでもいいのだろうか? しょうがないので、聖王がいいだすと、老人は手招きした。暗い廊下のつきあたりに黒電話があった。そのよこは坪庭だ。といっても、庭木を植えた風流なやつではなく、洗濯機や猫車が乱雑に置かれている。ただ外の光は入ってくるので、ちょっと気分も明るくなる。消防署にかけなおすと、今度は通じた。が、住所を告げると、やっぱり応対が変わった。
「うちのもんか。アレじゃないんだよね?」
「アレ? アレってなんですか?」
「だから、あんたらのとこはアレがさ。違うんなら、自分で車出してよ。平田の町までなら迎えに行ってやるからさ」
「え? ちょっと?」
またもや通話を切られる。
やっぱり、ここが禁域なせいだ。うちのもんといっていた。もしかして、内の者の意味だろうか? だとしたら、叔母が前に『げのもん』といったのは、外の者。禁域の内側の人間、外側の人間をさしている。
(アレ? アレってなんだ?)
人魚のことだろうか? たしかに、神社で見たものは人ではないようだった。この地域の人が人魚を隠しているのなら、まわりから恐れられる意味はわかる。もしかして、この家のなかにも人魚がいるんじゃ? そう思うと気分が落ちつかない。とにかく、電話で救急車を呼ぶことは不可能だ。龍夜たちにそれを説明するのは難しいだろうが、何も知らないふりをして、ありのままを伝えるしかない。
仏間へひきかえそうとしたとたん、聖王は視界の端に違和感をおぼえた。見えるはずのないものを見たような? 坪庭の奥だ。まな板と包丁。それはまあいい。大きな魚でもさばいていて、よごれるから庭に出ていたのかもしれない。でも、目に映ったのは、もっと変なものだった……。
(いや、見まちがいだ。そのへんにころがってるわけが……)
庚申講の夜に人間の赤子を料理しているところを男は見てしまう。こんな薄気味悪いものは食べられないと口をつけないが、それは人魚の肉だった——
耳の奥に八百比丘尼の伝説が朗読のごとくガンガン響く。まさか、そんなはずはない。手足をもがれた人間の赤ん坊がまな板に載ってるなんて。恐る恐る、ふりかえる。恐ろしいものを見てしまう覚悟をかためつつ、ゆっくりと。
「うわっ!」
かえりみると、坪庭にはたしかにまな板が置かれていた。誰か調理ちゅうのまま、ほったらかしにしている。だが、予想していたより、さらにグロテスクなものがそこにあった。手足を切断されていたのは、大きな大きなカエルだ。食用ガエルだろう。聖王は初めて見る。腹をさかれて臓物をはみだし、なんとも気持ち悪い。しかし、合法だ。カエルなら捕まえて殺しても、誰にも文句はいわれない。
(なんだ。カエルか)
とはいえ、食用ガエルなんて今どき食べるのだろうか? 町ぜんたいが薄気味悪い。
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