第29話 台所での密談
わたしの提案に
「皇子様が竜妃様の子どもなら、さすがの貴族も命を狙うなんてことはできないですよね?」
確認するようにそう話すと、
「何を言い出すんですか! 竜妃様は
「だからです」
「はぁ?」
「皇帝陛下の次に偉い竜妃様が生んだ皇子様なら、たとえ皇帝陛下でも命を奪うことはできないってことですよね? それなら
「それはそうですが……」
「ってことは、やっぱり竜妃様の生んだ皇子様ってことにするのが一番だと思うんですけど」
「しかし竜妃様はお子を生んではいらっしゃいません。そもそも、いまの竜妃様は
「それは大丈夫だと思います。だって
「しかし、お子を取り上げた医者すらいないのはやはり不自然でしょう」
「そんなの竜妃様なんだからどうとでもなります。だって、いま生きてるわたしたちは竜妃様がどうやって子どもを生むかなんて誰も知らないんですよ? 後宮には記録が残ってないし、禁書を読める人もほとんどいないんですよね?」
「たしかにそうですが……」
「それじゃあ、きっと大丈夫です」
話しているうちに自分の考えこそが最善だと思えてきた。これなら皇子様も命を狙われなくて済むし
思わず笑顔になったわたしに「
「たしかにあなたの考えは悪くありません。陛下と竜妃様には絶対にお子をもうけていただかねばなりませんから、噂の御子が竜妃様の生んだお子だと言えば誰も手出しできないでしょう。しかし、その嘘はすぐに露呈しますよ」
「どうしてですか?」
「お子がいらっしゃるのに竜妃様が生きていては問題でしょうが」
「……あ、」
「それに宝珠を持たない御子は当然竜の力を持ちません。いずれそのことを御子が知れば傷つくことになります。そんな未来を幼子に押しつけるのはどうかと思いますが」
「それは……」
不意に「流れてもいない百年前の竜の血を感じろと言われても感じられるはずがない」と口にした皇帝陛下を思い出した。幼い皇子様に皇帝陛下と同じ思いをさせるのだと思うと胸がざらざらしてくる。いいことを思いついたと明るくなっていた気持ちが一気にしぼんだ。
「それはどうかしら」
「
「以前
「もっとも詳しいのは陛下ですが、ほかは老師が二人と宦官の文官が二人、それなりに知っていると聞いています」
「その方々は、出産した竜妃様が命を落とすことはご存知なのかしら?」
「そういう伝承があることは知っていると思いますが」
「伝承……つまり、真実かはわからないということよね?」
「……そっか、そうですよね。皇帝陛下は知ってるみたいでしたけど、ほかの人に皇帝陛下がわざわざ教えるとは思えないし」
「十年前に応竜宮に降臨された竜妃様は、五年前に皇子を出産されていた。隠していた理由はどうにかしなくてはいけないでしょうけれど、皇子殿下のことを陛下がお認めくださればどなたも反論できないのではないかしら」
「それは……」
「竜の血を引かないことはいずれ露呈します。そうなれば、いまよりもっと大騒ぎになります」
「そのことだけれど、竜の鱗でどうにかならないかしら」
「竜の鱗?」
「えぇ。
「竜の鱗……。たしかに
「宝珠がなくても疑われたりしないわ。現にいまの陛下はお持ちではないのでしょう?」
「
「それが現実よ。宝珠がなくても竜妃様のお子だと言えば誰も皇子殿下のことを疑ったりしない。そもそも歴代の皇帝がどんな竜の力を持っていたか誰も知らないのでしょう? きっとうまくいくわ」
「しかし……」
まだ唸っている
「竜と共存していた
「
「竜の鱗は
「
「そんな痛そうなことしませんって。さすがにそれじゃあ
「では、どうやって、」
「もしかして肌着についていたあれ、鱗だったの?」
洗濯するとき、
(貧乏人の卑しい根性が今回は役に立ったってことかな)
「ちょっと待っててください」と言ってから棚から箱を取り出し、テーブルに置いて蓋を開ける。中には魚の鱗よりずっと大きく、それでいて宝石のように輝く鱗が何枚も入っていた。
「これが
「は、肌着」
上ずった声を上げた
「しかし、そううまくいくかはわかりませんよ?」
「最初は毒味役に飲んでもらって……って、竜の鱗をほかの誰かに飲ませるのは駄目ですよね。それじゃあ、わたしが飲みます」
「
「大丈夫ですって。わたし、こう見えても丈夫なんです。これまで大きな病気一つしたことないですし」
「しかし、」
「とにかくこれしか方法がないんですから、やってみましょう。あとは
「え!? わ、わたしが陛下にですか!?」
「だって、誰かに知られたらまずいじゃないですか。それなら
「そ、それはそうですが」
「それに、この話は
念を押すように「
「もちろん
鼻息も荒くそう答えた
「わかりました。御子の件は陛下にご相談申し上げることにしましょう。竜の鱗についてはわたしが知る限り大丈夫だとは思いますが、くれぐれも注意してください」
「わかってます」
「まったくあなたという人は……ともあれ、御子の件は何とかできるかもしれませんね。ただし、黄妃様をお救いすることはできないと思います」
「え?」
「御子が竜妃様のお子だとなれば、黄妃様は予定どおり麒麟宮を出て行くことになるでしょう」
「予定どおりって」
「新年のよき日に新しい妃が入られることが決まったのは、つい先日のことです。それもあって
慌てて
「それでも唯一の心残りの皇子殿下が安全だとなれば、黄妃様には安心していただける。わたしにできることは、もはやそのくらいしかないわ」
もしかして
「いろいろうまくいくといいですね」
「そうね」
そう返事をした
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