第28話 重い空気
暗く重い空気のなか、ひとまず夕餉を先に済ませることを提案した。このままでは
ところがそんな心配は必要なかったようで、部屋に入るとニコニコした美少女が箸を使って煮卵をぱくりと食べていた。それを少し離れたところから見つめる
(もしかして
新しい妃を後宮に入れることに熱心だったみたいだから、ほかにも手足になる侍女を送り込んでいるのかもしれない。そのうちの誰かが何か見つけて
四年前に亡くなった双子の皇子様が当時一歳だったということは、生きている皇子様はいま五歳ということだ。皇帝陛下にはほかに皇子様がいないから、その皇子様が皇太子になるに違いない。
(そうなると新しい妃が来ても皇太子のお母さんにはなれないってことよね)
それを何とかするために皇子様を探し出しているに違いない。
これじゃまるで後宮の争いみたいだ。これまでいろんな噂話は聞いてきたけれど、まさか自分がそんな争いに関わることになるなんて思ってもみなかった。「関わりたくはないけど、でもなぁ」と思いながら行儀悪く粥をかき込む。
「それじゃあ
お腹いっぱいで満足げな
「あとで水蜜桃のお茶を持って来ますね」
「……桃のお茶」
煮卵をたらふく食べた直後だというのに
ほかに月餅や芝麻球も気に入ったみたいで、この間はサンザシの飴かけも満面の笑みを浮かべながら食べていた。どれも
(
そう願いながら膳を持って台所へと向かった。後ろには神妙な顔に戻った
「
声をかけながら台所に入ると、いつもどおり片付けを終えた
片付けや仕込みが終わると、お茶を用意して休憩室に入った。わたしと
「皇子様のことが知られたって本当なんですか?」
重苦しい空気をどうにかしたくてそう尋ねた。一瞬眉を寄せた
「それって、やっぱり……」
「あの男の仕業でしょうね」
「断言はできませんが、
「そんなにすごいんですか?」
「一見すると普段どおりに見えますが、陛下の側近たちは情報収集に走り回っています。箝口令が敷かれているものの、普通じゃない雰囲気に何かを感じている人たちも多いでしょう。後宮でも宦官の一部、それに各宮の妃たちの耳にも入っていると考えておいたほうがよいでしょうね」
ちらっと隣を見ると
「あの男が知ってしまったということは、皇子殿下はきっとお命を狙われるわ」
「その懸念は上層部も気づいていると思います」
「それなら偉い人たちが
「それができるなら後宮の争いは生まれないわ」
「どういうことですか?」
わたしの質問に
「たとえ陛下のご命令があったとしても、あの男は目的を果たすまで諦めないわ。それに間者はいくらでもいる。誰かに汚れ仕事をさせても自分は捕まらないように用意もしているわ」
「そんな……」
「それが貴族というものなの。力を持てば持つほど、そういうことに用意周到になるものよ」
「西方域節吏使である
「でも、何か証拠があれば」
「いいえ、無理です。たとえ決定的な証拠が見つかったとしても、
そう思っていても現実がそうなら、どうにもならないことは理解できた。それが悔しくて両手で拳を握る。
「それじゃあ皇子様は……」
「御子のお命がどうなるかは正直わかりません。どなたにかくまわれているのかまでは突き止められていないようですが、それも時間の問題でしょう。黄妃様は……さぞおつらい状況でしょうね」
「……黄妃様」
掠れた声でそうつぶやいた
(大変な状況だってことはわかった。それでも何とかしないと)
まだ五歳の皇子様が命を狙われている状況も嫌だし、
(とにかく皇子様を助けないといけないってことよね)
(黄妃様を追い出して、さらに皇太子になりそうな皇子様をどうにかしたいってことか。……待って、もし皇子様が黄妃様の子どもじゃなかったら何とかできるんじゃないの?)
別の妃の子どもにすれば何とかなるんじゃ……そう閃いたものの、やっぱり駄目だと思った。皇帝陛下にはほかに皇子様がいないから、どっちにしても皇子様の命は危険にさらされる。それにいまさら皇子様じゃなかったなんて言ったところで、何人もの間者を送り込むような人が納得するとも思えない。
(命を狙うのを諦めさせる方法ってないのかな……。皇子様が皇帝陛下くらい大事な子どもだったら、きっとどんな貴族も命を狙うことはできなくなるはずなのに)
皇帝陛下くらい大事な存在……。
「って、いるじゃない」
突然そうつぶやいたわたしに
「とにかく皇子様の命が狙われないようになればいいんですよね?」
「それはそうですが……って、あなた何を考えているんです?」
「たとえば皇子様が皇帝陛下くらい大事な存在なら、いくら
わたしの話に
「それなら、竜妃様が生んだ皇子様にすればいいんじゃないですか?」
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