第26話 身代わりの蛇
(保存食ってどういう意味だろう)
不意に「食べて」と言われたときのことを思い出した。あのときの
(……いま聞いたら話してくれるかもしれない)
聞けば嫌な気持ちになるのだろうけれど、このまま放っておくことはできない言葉だ。
「
質問すると、こくりと頷いた
「蛇は保存食。ほかにもたくさんいた。みんな竜の鱗を食べて保存食になる。光る玉を触ったら、保存食から竜になる」
「ええと、竜にされる蛇は
頷いた
「だから、ここで皇帝に会って、食べられないとだめ」
「それも竜に言われたんですか?」
「そう。皇帝は竜を食べる人。食べられた竜は死ぬ。だから、代わりに蛇が食べられる」
「竜は自分の命を守るために蛇を身代わりに差し出してるってことですかね。……もしかして百年前の竜妃様も蛇だったとか……?」
「可能性はなくはないわ。これは
「そうですね」
いつからかはわからないものの、もし歴代の竜妃様が身代わりの蛇だったとしたら皇帝陛下は蛇の血を引いていることになる。それがいいことか悪いことかはわからないけれど、おそらく偉い人たちにとっては大変なことに違いない。
何とも言えない空気に黙っていると、袖をくいっと引っ張られた。視線を向けると
「ええと、それは……」
「皇帝は竜を食べる人。だから会って食べられないとだめ。わたしはそんなのいや。どうせ食べられるなら、知ってる人がいい」
「それに蛇を食べるから」と言ってわたしを指した。
「たしかに蛇は食べますけど、さすがに竜は……というより、
「
じっと見つめてくる黒目からは何の感情も読み取れない。食べられるということは命を落とすことだとわかっているはずなのに、
「もしかして、役目を果たせなかったら命を奪われるということじゃないのかしら」
「どういう意味ですか?」
「推測でしかないのだけれど、陛下との間に子を生むのが
「じゃあ、もしその役目を果たせなかったら……」
「
「そんな……だからその前に食べてほしいってことですか?」
竜は天空に住まう神のごとき存在だ。きっと
「自分の都合で竜妃様にしておいて、役目を果たさなかったら命を奪うなんて……そんなの酷すぎる」
「竜も人も似たり寄ったりということね」
「きっと竜にとって
「そんな……」
「
「まるでわたしのようね」とつぶやく
「
フッと笑みを浮かべた
「これはあの男が母に贈ったものなの。見たくないと思っているのに、母の形見はこれしかないからどうしても捨てられなかった。母にしてみれば、あの男の娘だという唯一の証拠だからと持っていたんでしょうけれど、おかげでわたしはあの男に拾われて後宮勤めをすることになった。しかも間者としてね」
何かを思い出すように
「本物の竜の化身ではないのかもしれないけれど、
そう言って
「わたしはこれからも
「わたしも
わたしの宣言に
はじめは男に頼らずに貧乏から抜け出したい一心で後宮にやって来た。でも、いまはそれだけじゃない。なにより
珍しくわたしたちの話を聞いている
「
「食べてもいいのに」
「いいえ、
「煮卵」
(や、やっぱり可愛い……!)
艶々の白い肌にきらきら輝く黒目で微笑まれれば老若男女問わず心を射貫かれるに違いない。皇帝陛下が話していた「竜妃は必ず人心を惑わす姿になる」という言葉に大いに納得した。同時にあらゆる人を魅了し引き寄せるということは、危険をも呼び寄せかねないということだ。
「
「字を学ぶ?」
「字もそうですし、竜妃様のことや後宮のこともです」
「……
「はい、わたしも一緒に学びます。そうすれば
何より自分の身を自分で守れるようになってほしかった。それに食べる楽しみ以外の楽しみももっと知ってほしい。そう思いながら両手をグッと握り締め
「……わかった」
そう言ってにこっと笑った顔はまさに完璧な美少女で、それを正面から見たわたしは思わず仰け反りながら「ほわ」と謎の声を漏らしていた。
(まずは変な虫がつかないようにしないと)
まるで可愛い妹を心配する姉のような気分だ。「わたしがしっかり守りますからね」と気合いを入れるわたしに、
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