第24話 新しい侍女
「
改めて提案すると
「応竜宮の侍女はわたししかいません。侍女といってもわたしは下女だったんで、できればちゃんとした侍女に来てほしいと思ってました。でも簡単に増やすことはできないし、普通の侍女では困るというか……」
「つまり、わたしみたいな
「ええと……ぶっちゃけてしまえば、そういうことです」
「
たしなめる
「さ、
「……」
返事はなかったものの、用意したお茶の前に
「あー……簡単に言えば、わたしじゃわからないことが多すぎるってことでしょうか。わたしは字がほとんど読めないですし、後宮のことにも詳しくありません。髪を結うのもうまくないし、料理だって蒸したり煮たりばかりだし……って、料理は自分で食べるぶんなんでいいんですけど」
「……よくわからないんだけれど、もしかしてここには仕えるべきどなたかがいらっしゃるということ?」
「そうです」
「その方が『こうしゅんさま』ということかしら」
「はい」
わたしの返事に
「あなたは大事な主人に、わたしのような者を近づけるつもりなの?」
「
「あら、命令だったとは言え主の秘密を探るために侍女になったような女よ?」
「でも、主を裏切るのがつらくて後宮を出ようとしたんですよね?」
「え……?」
「だって、黄妃様にはよくしてもらったって言ってたじゃないですか。それなのに裏切ることしかできないから離れようとしたって。本当の悪人なら親切にされても裏切るときは裏切ります。わたしが生まれ育ったところでは、そういう人も少なくなかったですから」
わたしの言葉に
(父親から逃げたいって気持ちが一番なんだろうけど、きっとそれだけじゃない)
父親から逃げることができれば黄妃様を守ることにもなる。
(つまり、死んでしまうってことだ)
死人に口なしという言葉はこういうときにも使えるんだなと嫌な気持ちになる。
(でも、言い換えればそうまでして黄妃様を守りたいってことよね)
(それに嫌な父親に利用される人生ともさよならできるし)
一瞬、姉や貧乏な生活から逃れるために後宮に行こうと考えた二年前の自分を思い出した。あのときのわたしは人買いが別のところに売り飛ばすかもしれないなんてことは微塵も考えていなかった。そのくらい追い詰められていたということだ。
(わたしも
「
「
「大丈夫ですよ、
「
声を荒げる
「応竜宮には誰も近づきません。皇帝陛下の命令ですから後宮のどこよりも安全です。ここにいれば
「ほら、いい場所だと思いませんか?」と
「それに、
「……」
「
わたしの提案に
「たしかに
「どういう意味ですか?」
「御子の存在が明るみに出たほうが妃としての地位は上がりますし、国母としての未来を得ることもできます。しかし御子を探し出し命を狙う輩が出るという危険もあります」
「一方、いまのままでは御子の命は無事かもしれませんが、黄妃様自身は後宮を追い出されることになりかねません。離宮に移るとして、妃でなくなった黄妃様に御子を援助し続けることは難しくなるでしょうね」
眼鏡を押し上げながらの言葉に重い空気が流れる。どちらにしても黄妃様にとっては難しいことだとわたしにも理解できた。
(どっちがいいかなんてわたしにはわからない。でも
昔の自分を見ているようで見て見ぬ振りはできなかった。それでさらに面倒なことに巻き込まれるとしたら……巻き込まれたときに考えることにしよう。あれだけ面倒ごとはご免だと思っていたのに不思議だ。
「難しいことはわたしにはわかりません。でも
「は?」
「だから、
「はぁ!? わ、わたしが陛下に直接ですか!?」
「はい、直接です。だって誰かを通せばその人にいろいろ知られることになるし、それは困るんですよね?」
「それはそうですが、しかしそんな畏れ多いことを……」
「それに、
「……っ」
(
まだモゴモゴと何かをつぶやいている
「ということで、よろしくお願いします」
「……あなた、やっぱりおもしろい人ね」
「そうですか?」
「わたしみたいな面倒な人間をかくまおうなんて、普通は考えないわ」
「そういう意味でなら、わたしも面倒な人間みたいですから仲間ですね」
「どういうこと?」
「蛇を食べるし毒も平気、しかも操ることができるって噂が立つ侍女なんてわたしくらいじゃないですか?」
わたしの返事に一瞬目を見開いた
「それに、きっと黄妃様も安心すると思うんです」
「え……?」
「だって、黄妃様は尋ね人として
「……それは、」
「きっと黄妃様も
わたしの言葉に
数日後、皇帝陛下の命令で応竜宮に侍女が一人追加されることになった。後宮ではちょっとした噂になったものの、墓場同然の宮のことを気にする下女や侍女はほとんどいない。宦官たちも同じで、詰め所に新しい紙と墨を取りに来たわたしにそのことを尋ねる人は一人もいなかった。
応竜宮に戻ると、台所で
「
「そう?」
「毎日の食事がぐっとよくなりましたし、
「あら、髪を結うのはあなたの仕事になるのよ? ちゃんと覚えてもらわないと」
「……そうでした」
そう言って頬を掻くと、
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