第19話 再びの日常
皇帝陛下と直接話をするという、下女上がりの侍女では到底起こり得ない経験をしてから半月が経った。「きっと罰を与えられるんだろうなぁ」と一応覚悟をしたものの、いまのところ呼び出されたり首を言い渡されたりはしていない。しばらく戦々恐々としていた
(いつもどおりじゃないのは応竜宮の置かれた状況のほうか)
皇帝陛下に会ってから三日後、台所にあった食器がすべて新品になった。どうやって使うのかわからない食器類までピカピカになっている。食材では卵が増えて、それを
(皇帝陛下が何か言ったらしいけど、たったそれだけでこんなに変わるなんてね)
だからといって
(たしかに見せ物にされるのは嫌だしなぁ)
本物の竜妃様がいるとわかったら、侍女どころか妃や宦官たちまで見に来るだろう。それが
(それに、いまの
皇帝陛下の話では周囲の人たちはそれを求めているように聞こえた。そうできない理由を知っている人たちが少ないこともわかった。それなら、いままでどおり
今日も
そのくらい煮卵を気に入った
(でもって、それを見た
テーブルのそばで肩を振るわせながら感動している
「
振り返ると、眼鏡を掛け直している
「わたしもこれから書庫に行く予定なのですが……」
これまでも
「大丈夫ですって。それに応竜宮には近づかないように皇帝陛下が再度お触れを出してくださったんですよね? それなら侍女や下女は近づかないでしょうし、宦官だって近づかないんじゃないですか?」
「たしかにそうですが」
「
「……それもそうですね」
(わたしも心配しないわけじゃないけど、一番の心配事は
知らなければ身を守ることもできない。かといって、いまの
(一番理解できなさそうなのは男女のあれこれについてだろうなぁ)
手づかみで煮卵を食べる様子は、とても高貴な妃には見えない。そんな
(っていうか、こんな食事の仕方でも美少女に見えるのはすごいかも)
「竜妃は必ず人心を惑わす姿になる」という皇帝陛下の言葉を思い出した。たしかにこれほどの美少女なら周囲を惑わすだろうし、宦官も思い通りになりそうな気がする。
「そんな
思わずつぶやいた言葉に自分で身震いした。何かとんでもなく恐ろしいことを思ってしまった気がする。
「
「何でもありません。じゃあわたし、宦官の詰め所まで行ってきます」
「今日は禁書の一部を読めることになりましたから、何かわかったら夕方知らせにきます」
「わかりました」
(ああいう仕草はわたしを見て覚えたんだろうな)
いつの間にかするようになった仕草のほとんどは、きっとわたしを真似ているに違いない。「何だか小さな子どもみたいだ」と、近所にいた子どもたちのことを思い出した。
(そっか、それならちゃんと教えてくれる人がいれば意外と理解してくれるのかも)
そんなことに気づいてもどうしようもない。
(とくに男女のことなんて童貞っぽい
そんなことを考えながら応竜宮の門を出て建物の角を曲がったときだった。
「ぅわっ」
勢いよく走ってきた誰かとぶつかりそうになった。慌てて避けたおかげで倒れずに済んだものの、相手はうまく避けられなかったらしく派手に尻もちをついている。
「すみません、大丈夫ですか?」
「いえ、こちらこそごめんなさい」
「わたしは平気ですけど……って、あの!」
差し出した手を無視するかのように、ぶつかった人は大慌てで走り去ってしまった。身なりからどこかの宮の侍女かと思ったけれど、走り去る姿は貴族出身の侍女には見えない。
(もしかして下女……ってことは、さすがにないか)
下女と侍女では着ている服が違う。身分が低い侍女でも下女よりは質のいい服を着ているし、ぶつかった人はそれよりずっといい格好をしていた。
「……あれ?」
侍女が倒れていたあたりに何か落ちている。拾うとべっ甲の花飾りがついた簪だった。
(あんまり見たことがない形の花だな)
桃の花のように見えなくもないけれど、それより花びらが多く複雑な形をしている。それに簪に巻きつくように彫られた部分には棘のようなものもあった。おそらく異国の地に咲く花に違いない。
(さっきの侍女の落とし物かな)
そうだとしたら、きっと大事なものだろう。
後宮の妃は帝国各地からやって来る。中にはかつて異国と呼ばれていた場所の貴族のお姫様もいるため、妃に仕える侍女には異国人もいた。そうした人たちは故郷を忘れないために、たとえばこうした簪や刺繍の入った服など故郷に馴染み深いものを身につけると聞いている。
わたしが努めていた鳳凰宮の朱妃様は南方に住む貴族出身ということで、お付きの上級侍女たちには異国人や異国の血を引いた人たちが何人もいた。麒麟宮の黄妃様も西方出身だそうだから上級侍女には西方の人たちが混じっているに違いない。
さっきの侍女もそういう異国出身の人だったのだろう。それならこの簪は身内が用意してくれた大切なものに違いない。そう思い、懐から手巾を取り出し丁寧に包んだ。
(宦官の詰め所に預ければ届けてくれるかな)
そう思っていたのに、詰め所で
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