第20話 麒麟宮の侍女
(いかにも
お針子に採寸してもらったわけでもないのに大きさもぴったりだ。おかげで美少女具合がますます加速したように見える。
(皇帝陛下が用意させたって話だけど、覗き見ただけなのにここまでぴったりなんてさすがだよね)
そういえば皇帝陛下が贈る服はどの妃も大満足なのだと聞いたことがある。きっとそういう才能があるのだろう。
(ま、昔の後宮には何十人も妃がいたらしいし、そういう才能がないと皇帝陛下なんて務まらないのかもしれないけど)
そうやって贈り物をして上手に後宮を治めていたのだろう。
(それにしても
淡い桃色の衣装を着た
着替えさせた後もじぃっと見つめるわたしに、
「卵はまだですよ。もう少ししたら
「わかった」
そう言っててくてくと歩く姿さえ可憐だ。あとは素っ気ない髪型をどうにかするだけで、そればかりは唯一の侍女であるわたしが努力するしかない。
椅子に座った
(あれ?)
池の奥の鬱蒼とした木々の間に人影が見えた気がした。一瞬「また皇帝陛下が?」と思ったものの、もうそんなことをする必要はないはずだ。
(まさか、今度こそ本物の不審者じゃ……)
緊張しながら庭の奥をじっと見る。すると、やっぱり木の陰に服のようなものがチラチラ見えた。
(誰だろう)
本物の不審者だとしたら、わたしが何とかするしかない。庭に下りたわたしは、緊張しながらもゆっくりと人影のほうに向かった。足音を立てないように気をつけながら少しずつ近づいていく。
木の陰にいたのは侍女らしき人だった。「捕まえられなくても、せめて顔くらい確認しないと」と思いながら目をこらしたところで、横顔に見覚えがあることに気がつく。
(この間ぶつかった侍女だ)
どうしてあのときの侍女が応竜宮にいるのだろう。それにやけに息が荒い。もしかして誰かに追われて逃げてきたのだろうか。「後宮の侍女を追い回す人なんていないはずだけど」と思いながら「あの」と声をかけた。
「っ!」
侍女がビクッと肩を震わせながら振り返った。あまりにも大袈裟な反応に、わたしのほうまで驚いてしまう。
「ええと、驚かせたのならすみません」
「あ、いえ、」
振り向いた侍女は怯えるように周囲をキョロキョロと見ている。黒髪は少し乱れ、黒目も落ち着かない様子に感じた。やや彫りの深い顔立ちは西方の人っぽい。ということは黄妃様のところの侍女かもしれない。
(身なりからすると上級侍女っぽいけど)
そういう立場の人が後宮で追いかけられることなんてあるんだろうか。そう思ったところで簪のことを思い出した。せっかく会えたのなら大事な物なのだろうし返しておきたい。
「この前はぶつかってすみませんでした」
そう言って頭を下げたら、戸惑うように「え?」とつぶやいた。
「宦官の詰め所近くでぶつかった者です」
「……あぁ、あのときの、」
侍女がようやくホッとしたような顔をした。それでもチラチラと門の方を気にしている。「やっぱり誰かに追われてるのかもしれない」と考えたわたしは、ひとまず台所に案内することにした。簪は隣の休憩用の部屋にしまってあるし、台所なら門から離れているから少しは落ち着けるだろう。
(それに、もし本当に追われているんならかくまったほうがいいだろうし)
上級侍女を追いかけ回す輩がいるとは思えないけれど、絶対にないとは言い切れない。もし困っているなら手を貸すくらいはしたい。
(……でも、追われてるってことは犯罪者の可能性もあるってことか)
ふと浮かんだ考えに眉が寄った。もし犯罪を犯して追われているなら、かくまったりすればわたしまで咎められる。どうしようか悩んだものの、いまの段階ではどちらか判断できない。
(
(そういや、姉さんを追いかけてきた男たちをこうして足止めしたこともあったっけ)
不意に昔のことを思い出した。あのときは男を騙した姉のほうが悪者だったけれど、どうしても見捨てられなくて何度か助けたことがある。それなのに姉はわたしを見捨てた。そのときの苦い気持ちを思い出し、一瞬だけ目の前にいる侍女が姉と重なる。
「わたし、あのとき簪を拾ったんです」
姉の記憶を消しながら侍女にそう声をかけた。
「え……?」
「たぶんあなたのじゃないかと思って拾っておいたんですけど。ええと、べっ甲でできた桃の花みたいな花飾りがついた簪なんですけど。あと、棘っぽい装飾もついていて」
「桃の花と棘……おそらくわたしのものだわ」
「よかった。なくさないように向こうにしまってあるので、一緒に来てもらっていいですか?」
こくりと頷いた侍女を案内しながら、それとなく様子を観察した。
(やっぱり周りを気にしてる)
追っ手がいないか気になるのかチラチラと周りを見ている。わたしのことも警戒しているように感じた。ほぼ初対面のわたしまで警戒するなんて、やっぱり犯罪者なのかもしれない。
(上級侍女が犯す犯罪といえば……)
後宮でよく聞くのは窃盗だ。それも目的は装飾品ではなく、皇帝陛下や妃の生家から届いた手紙を盗むのだ。そうして届ける先は偉い宦官やほかの妃で、自分や生家の立身出世のために間者となってやるのだという。
それよりも重罪なのは主の毒殺だ。実際に起きたところを見たことはないけれど、前の皇帝陛下のときに妃同士の毒殺事件が起きた話は知っている。そのときに毒を盛ったのは買収された上級侍女だった。
(もし毒を懐にしまっていたら台所に入れるのはまずいよね)
台所には食材が置いてあるから危険だ。
「ちょっと待っていてください」
念のため出入り口の近くにある梅の木の下で待ってもらうことにした。侍女の様子を見ながら急いで休憩用の部屋に入り、引き出しから手巾に包まれた簪を取り出す。そうして外に出たところで
(相変わらず時間にぴったりだ)
手にはいつもどおり煮卵を入れた小振りな壺を持っている。
「……っ」
わたしの視線に気づいたのか、梅の下にいた侍女が振り返りハッとした顔をした。それからわたしを見て、簪を持っていることに気づいたのか戸惑うように視線を動かす。一瞬眉を寄せたものの、
「待って!」
慌てて追いかけて手首を掴んだ。それを振りほどこうとする力は上級侍女とは思えないほど力強い。それでも逃がさないとがっちり掴むわたしに驚いたのか、侍女がギョッとしたような顔で振り返った。
「待って」
「……っ」
わたしの様子に
「知ってるんですか?」
もしかして本当に犯罪者だったんだろうか。「それだと困るんだけど」と思いながら
「あなたは
「……」
侍女がすっと顔を背けた。
「やはり麒麟宮の侍女、
「この人、麒麟宮の侍女なんですか?」
「えぇ、黄妃様に仕える上級侍女です。黄妃様主催の花宴で何度か見かけたことがあるので間違いありません」
そんな人がどうして
「今朝、尋ね人として詰め所のほうに届け出があったばかりです」
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