第13話 人影
(いまじゃ煮卵が一番の好物になったみたいだしね)
初めて煮卵を見たとき、
それ以来、香辛料とお茶の香りが漂う煮卵を見ただけで目を赤くするようになった。我慢できないのか赤い目の部分がきゅうっと細くなることもある。そんな
「
今日も頬を赤らめながら喜びに震えている背中に声をかける。
「……失礼しました。それで、応竜宮の近くで人影を見たという話でしたか」
「はい。最初は気のせいかと思ってたんですけど、四度も見かければさすがに違うんじゃないかと思って」
少し前から建物の近くで人影を見るようになった。服装まではわからないけれど、毎回似たような背格好に見えるから同じ人物に違いない。
一度目は偶然だった。
(門に近いところだったし、あのときはてっきりよその宮の人が覗いてるものだと思ってたんだよね)
わたしが応竜宮に居続けるのを不思議に思って覗きに来たに違いない。「また変な噂でも立てられるんだろうな」なんてため息も出た。
二度目も偶然で、昼餉の膳を
(でも、さすがに中庭にまで入られたら気にしないわけにはいかないし)
三度目は
そして四度目の昨日は、三度目のときよりさらに
「応竜宮にやって来る者はまずいません。新年に向けた掃除はまだ先ですし、わたし以外の宦官がやって来ることもないはずです」
「そういえば、
いまさらだけれど気になって尋ねてみた。すると眼鏡をクイッと押し上げた
「このたび、正式に竜妃様付きの宦官になりました」
「竜妃様付き……?」
「といっても、竜妃様が降臨されたときのために必要な事柄を文書にまとめる、というのが主な仕事ですが」
つまり記録係ということだろうか。
「
「当然です。後宮で竜妃様のことにもっとも精通しているのはわたしですからね」
どうだと言わんばかりに胸を張られても困る。わたしより十も年上の
「竜妃様付きになったおかげで禁書の一部を見る権限を得ましたが、詳細な記録はやはり奥にしまわれているようです。いまの立場では奥まで見ることはできませんから、ここが限界かもしれません」
「よっぽど隠したい何かがあるんですかね」
「おそらくは」
「応竜宮は相変わらず放置に近い状態です。そんな状況で新しい侍女がやって来ることはまずありません。そもそも、あなたのように行けといわれて素直に来る侍女もいません。応竜宮に行けということは首だと言っているのも同然ですからね」
「素直に来てしまってすみませんね」
「おかげで本物の竜妃様に出会えたのですから、わたしはあなたが単純かつ素直な人でよかったと思っていますよ」
にこりと笑う
「侍女や下女だけでなく、後宮に出入りするすべての人間を記録しているのも宦官です。もし後宮外から来た誰かであっても名簿に記載があるでしょうから、調べてみましょう」
「お願いします」
「わたしとしても
そう言って鼻息も荒く宣言した
「
台所の出入り口で難しい顔をしている
「推測?」
「わたしではあまりに管轄が違いすぎて、これ以上確かめることができないのです。しかし、おそらく間違いないかと……」
後宮でもっとも身分が高いのは四人の妃だ。妃の側近である上級侍女も地位が高く、大抵は貴族の娘が担っている。それ以外の偉い人と言えば宦官だろう。後宮で妃に意見できるのは一部の宦官だけだから、そういった地位の宦官が関わっているのかもしれない。
「もしかして
そう言うと
「よくないと言えばよくないでしょうし、さもありなんと言えばそうとしか言いようがありません」
「あぁもう、
そもそもわたしは難しいことを考えるのが苦手なのだ。思わせぶりな言葉から予想したりなんてこともできない。下っ端下女として二年ちょっとしか後宮で働いていないわたしに、雲の上の人たちの事情や駆け引きなんてわかるはずもなかった。
「
ぐいっと近づいて睨むように見上げる。わたしの態度に、ようやく
「あなたが見かけた人影というのは、おそらく陛下だと思われます」
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