第12話 竜妃様の好物
「といっても、ただの丸にしか見えないけど」
わたしの独り言に
「まるじゃなくて、たまご」
「わかってますよ」
「たまごが、三つ」
紙には楕円形の丸が三つ描かれている。朝餉に出したゆで卵に違いない。
(出したゆで卵は一つだったけどね)
ちなみに卵料理よりもゆで卵のほうが好みらしい。前にかき玉汁を出したらひどく残念な顔をされてしまった。
「じゃあ、昼餉にはゆで卵を三つ用意しますね」
そう告げると
食事を取るようになったからか、顔だけでなく全身の肌つやがよくなった気がする。おかげでますます美少女らしくなってきた。すっかり見慣れたわたしでさえ不意打ちの笑顔に胸を射貫かれてしまうくらいだ。
(やっぱりどこからどう見ても美少女だよね)
わたしの
(まぁ、妃が使うんだから別にいいか)
そもそもこうして届くということは誰も気にしていないに違いない。
(それにしても好物が卵なんて、丸っきり蛇みたいだなぁ)
やっぱり竜の前が蛇だったことに関係しているんだろうか。蛇は卵を丸呑みすると言うし、そう考えると納得はできる。
いまの
(あれは間違いなく人の目じゃなかった)
初めてゆで卵を出したときはいつもと変わらない目をしていた。ところが二度目にゆで卵を出したときは明らかに人じゃない目になっていた。いわゆる黒目と呼ばれるところが真っ赤に変わり、そのままきゅうっと縦長になったのだ。
あれで長い舌がシュルシュル出たら蛇……にはさすがに見えないにしても、蛇に取り憑かれた少女と呼んでもおかしくない。もしくは蛇の化身だ。
(竜と蛇って似てる気がするし、竜の目もあんなだってことかな)
絵に描かれている竜は、手はあるものの蛇と同じ細長い体をしている。目の色や鱗の有無はわからないけれど、きっと
(そういう意味でも皇帝陛下に見られないようにしないと)
もし美少女になった
トントン。
扉を叩く音がした。声をかけてくれれば入ってかまわないと話をしたのに律儀な人だなとため息が漏れる。
「
「……いえ、それはできません」
入室の許可をもらおうとしたところで
「ほかに侍女がいるわけでもないんですから入ってくればいいじゃないですか。それに
面倒くさくて、ついつっけんどんな言い方になってしまった。そんなわたしに
「すでに一回入ってますよね」
「あれはまだ竜妃様だとわかっていなかったときです」
「それでも一度入っているんだし、気にする必要なんてないんじゃないですか?」
「いいえ、いけません。竜妃様の部屋に入るなんて畏れ多い」
「鱗の肌まで見たくせに何言ってるんですか」
途端に
(二十六歳だって聞いたけど、この人いつ宦官になったんだろう)
一度は学者になったということは、大人になってから宦官になったのかもしれない。それなのにここまで初心な反応はちょっと珍しい気がする。
(……もしかしなくても童貞ってやつかな)
「たまご?」
不意に
「ゆで卵ではなく、こちらは宦官の
じぃっとこちらを見ていた黒目が興味を失ったように紙に戻った。同じ説明を四度しているけれど、きっと覚えていないに違いない。
「……まだ覚えていただけていないんですね」
「気にしないほうがいいですよ。
「十分認識されているじゃないですか」
「最初に桃を食べさせたからですかね。たぶん鳥の雛と一緒ですよ。最初に見たものを親だと思うっていう、あれです」
「つまりあなたは竜妃様の親鳥というわけですか。……羨ましい」
やっぱり面倒くさい人だなと思った。普段は理路整然としていて仕事ができる宦官なのに、
そんなに認識してもらいたいのなら、遠慮なんかしないで部屋に入ってくればいいのだ。それなのにいまだに入室を頑なに拒否するのも面倒くさい。
(いっそのこと、わたしみたいに名前で呼べば少しは変わるかもしれないのに……って、そっか、その手があった)
ふと思いついたことだけれど我ながらいい考えだと思った。思い返せば、わたしも
「
「提案?」
「
「認識……」
また目元がうっすら赤くなった。あんなに遠慮するのに認識はされたいなんて、
「竜妃様というのは鳳凰宮の朱妃様のように公の呼び名ですよね? ずっとそう呼ばれていたなら別でしょうけど、誰にも呼ばれなかった名前で呼ばれても自分だとわからないと思うんです。しかも応竜宮に住む妃は全員竜妃様なんて、もはや個人名なんて関係ないですし」
「つまり、本来の名前でお呼びするべきということですか?」
「無理にとは言いませんけど」
「……さすがに不敬すぎやしませんか?」
「だから、無理にとは言ってません」
真面目な顔でうんうん悩んでいるけれど、右手で覆っている口元がにやけているのは見えている。そんなに呼びたいのならさっさと呼べばいいのに、やっぱり面倒くさい人だ。
「わたしがお呼びしてもいいんでしょうか」
「気にしないと思いますよ」
いい意味でも悪い意味でも
「……あー……こう、こう、ううん」
「
「わかっています。……
口にした途端にまた口元を右手で覆った。しかも今度は首まで赤くしている。「なんだ、その恋する乙女みたいな反応は」と思いつつ
(へぇ、意外だ)
さすがに一度目で反応はしないんじゃないかと思ったけれど、筆を止めてじぃっとこちらを見ている。
「
「……かんがん」
違う、覚えてほしいのはそっちじゃない。
「
卵と言った途端に黒目がじわりと赤色に変わった。細くはなっていないものの明らかに人とは違う様子になっている。
慌てて
「こうとく?」
「あぁ……!」
名前を呼ばれた途端に
(やっぱり変態かもしれない)
そんな失礼なことを思いながら「よかったですね」と
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