第32話「カラスは、白かった」
もうここからは止まらない! 一気呵成に畳み掛ける──!
「黒沢さんは事件当日、お腹を痛めてトイレに籠っていた──と。その認識で合っていますわよね? 白銀さん」
「はい、間違いありません」
「……だが一度はトイレから出たんだろう? もう一度行っているとは限らない」
オユランド淡島が浮かべるのは当然の疑問。
だが、そんなもの──!
「ええ、ですが彼女の腹痛は一日中トイレにこもるほど酷く……それに加えてわたくしの部屋に入った時、差し出されたミネラルウォーターに手を付けようともしませんでした。当時は気にも留めませんでしたが……今思うとお腹を冷やしたくなかったのでしょうね」
「……確かに、黒沢はお前の配信でミネラルウォーターに手を付けた様子はなかった」
「以上のことから、彼女はまだお腹を痛めている可能性が高く、わたくしが部屋を出た後トイレに駆けこんだと推測されます」
「……確かに、【黒沢凛は現在カメラに映っていない】。認めよう」
淡島の顔が苦痛に歪んでいく。
終わりの時は、近い。
「トイレに駆け込んだ黒沢さん、しかし安心したのも束の間、白銀さんがわたくしと戦っている可能性に気が付いた彼女は急いでトイレから出て行きます」
嘘だ。
「村の誰かから聞いたのか、それともわたくしの配信を確認したのか、理由は定かではありませんが、白銀さんが向かった先に勘付いた彼女は山の中へと向かいます」
噓だ。
「山の中に入った黒沢さん。ですが万が一先にわたくしと遭遇してしまっては面倒、彼女は確実にわたくしが通っていない道……そう、トラップのある地帯を通ったのです。白銀さんが置いた石を目印にして」
噓だ。
ぜんぶ全部嘘だ。
それでも、足掻かなければいけない。目の前の死にたがりを守るために、真実も嘘も全部利用して、わたくしはわたくしの意地を貫き通す!
「だが【山の中でカメラに映ったのは九頭竜村の住人は白銀真白のみ】! 例えトラップ地帯を抜けたとして、カメラに映っていないのは不自然だろう!」
「それが、映っていないのです。いや、むしろ山の中にはほとんどカメラが仕掛けられていなかったのです!」
「なっ……!」
そう! これがオユランド淡島が隠したがっていた真実!
「白銀さんの証言によると、トラップに気が付いたのは今朝、そしてトラップが不自然に減った様子はなかった」
わざわざ4つの【 】を使ってまで隠したがっていたこと、それは!
「もしあなた方が村に無断でカメラを置いた場合、トラップに引っかからないのは不自然です! いや、もしかしたら一度引っかかってカメラの配置を辞めたのかもしれませんねッ! あとはわたくしに気が付かれないよう木に登って金平糖を落とすだけ!」
突きつける。
真実の銃弾を。
嘘の銃弾を。
「そう、白銀真白には協力者がいた!」
いつの間にか隣へ並んでいた白銀さんの手を取り、一緒に一歩前へと歩き出す。
「カラスは、白かった。ヘンペルのカラスのカラスは飛び立つことが出来ません」
◆
一歩。
前へ出る。
「さあ、改めて宣言いたしましょう」
一歩。
白銀さんも一緒に前へ出る。
「
さらに、一歩。
オユランド淡島との距離が、限りなくゼロに近づき。
「『うけい様』は九頭竜村の住人による虚言と偶然を勝手に結びつけただけ!」
白銀さんが、真っ直ぐオユランド淡島の瞳の中を覗き込み。
「他に超常現象が存在しない以上、《
そして、オユランド淡島の瞳に。
「オユランド淡島。貴方は、インチキ超能力者ですわッッッ!」
「「これが
否定の言葉はなかった。
オユランド淡島が鳴らした拍手が、全てを物語っていた。
「はあ……負けだ負け。やってらんねぇ」
そしてオユランド淡島は疲れたように地面に座り込み、
「まさかうんこのせいで言い負かされるとはな……淡々ちゃんにはあとでメシくらい奢ってもらわにゃ割に合わん……はぁ……」
いっとう大きいため息と共に、大の字になって地面に倒れこむ。
それと同時に『うけい様との契約書』がパチパチと音を立て、燃え上がる。
──終わったのだ、と。
その場にいる全員が理解して、しんみりとした空気が流れた瞬間、
「ィッシャア──────────! 勝ったァ───────────!」
空気を読まず、白銀さんが天に向かって吠えた。
「すっ、凄いです! 流石満智院さん! 本当に、本……っ当に凄すぎますっ!」
言葉の途中からわたくしの肩をがたがたと揺らし、興奮冷めやらぬ白銀さんは叫ぶ。
「わっ、わかっ、わかりましたから、揺らすのをおやめになって……! っていうか今回は半分以上貴女のおかげで……っ!」
跳ねのけるのは簡単なのだが、ここまで喜ばれてしまっては邪険に扱う訳にもいかず。
善意に弱いのはいつか改善しなくてはいけませんわね……と、上下左右無軌道に揺さぶられながらぼんやり思う。
「──なぁ、そろそろいいか?」
そうこうしていると、大の字から寝っ転がった姿勢に変わったオユランド淡島がジト目でこちらを睨む。
「ああ、すみません。白銀さん、”待て”。出来ますわよね?」
「はっ! はい! 待て、できます! 待てするために産まれてきました!」
従順なワンちゃんよろしくぴたりと動きを止める白銀さんを視界の端に入れつつ。
改めてオユランド淡島に向かい合い、手を差し出す。
「さて、それでは約束通り、司進太さんや芦川さんたちの事を助けに行かせていただきますわね」
「……好きにしろ、どうせおれは『うけい様』の力でアンタに逆らえん」
オユランド淡島は、ただな。と前置いて。
「それでもやっぱり行って欲しくないとは思ってるよ、この先にいるのは危険なんて言葉じゃ言い表せないような怪物だし……なにより勝ったら勝ったで相手に憑りつく厄介な力がある」
言葉を吐いて、視線を逸らし、表情を隠しながら。
「まあ、なんだ、アンタと戦ったら余計に危険な目に合わせたくなくなっちまった、考え直さねぇか? 『│
「それは、そうですわね。でも……」
それでも、わたくしは。
「好都合じゃありませんの、動画のネタに事欠かなくなりますわ」
「……バカ野郎め」
もう進むって、決めたから。
「さ、行きますわよ白銀さん」
「はい、どこまでも付いていきます! 満智院さん!」
さあ、行こう。
この世のあらゆるオカルトを科学に貶め、蹂躙し、真実のレッテルを貼り付けよう。
「満智院最強子の超能力者粉砕ちゃんねる。新規メンバーを加えての動画第一弾は!」
「「因習村の奥底に潜む猛獣、対峙してみた!」」
「面白かったら、チャンネル登録と高評価をお願いしますわ!」
◆
それから。
色んなことがあった。
司進太さんと芦川淡々さんを助けながらやっとのことで大きな狼を倒したと思ったら、その衝撃で研究所にいた『異なるもの』たちが脱走。それを命からがら拳ひとつで解決したと思ったらなんか変な金魚はまとわりついてくるし、そのせいで『異なるもの』たちからは王様呼ばわりされるしでもうめちゃくちゃ。
挙句の果てに倒した狼が子犬くらいのサイズになって懐いてくるし、白銀さんは白銀さんでその狼と縄張り争い? だとかで喧嘩を始める始末。司進太さんは「始末書……」としかつぶやけないbotになってしまったし、芦川さんは早々に泡を吹いて気絶。オユランド淡島といえば爆笑しながらその光景を写真に撮っている。
「泥のように眠りたいですわ……絶対村に戻ったらキンッキンに冷えたビールを喉に流し込みますの……」
疲れた。とにかく疲れた。
でも、これで。
「やっと、終わったんですね……」
白銀さんの言葉と共に、ようやく実感がやってくる。
「ええ、随分と長い一日でしたわ……」
みんなで地上へと上がるエレベーターに乗り込み、壁にもたれかかりながら、肩で大きく息を吐く。
「淡々ちゃーん、そろそろ地上着くよー……重いなコイツマジで、置いてくりゃよかったぜ……」
「ブクブクブクブク……」
「ま、まぁ芦川ちゃんも沢山頑張ったからね? 流石に置き去りにするのはちょっと酷いんじゃないかなーって」
「フッ……駄犬のくせにやりますね、まさかあのタヌキより強い野生動物がいるとは……認めましょう、貴方を満智院さんの忠犬2号と!」
「くぅ~ん!(白銀さんと小狼が拳を突き合わせて友情を感じている)」
全員が全員ぐちぐちと何かを言いながら、それでも柔らかな感情に包まれていた。
本当に色々あったが……結局のところみんな無事だったので、すべて良しということにしておこう。
そしてエレベーターが地上にたどり着き、森から出ると周りには九頭竜村のみなさまの姿。
随分と長い間姿を眩ませていたから心配させてしまっていたのだろう、村の住人たちがこちらに向かって駆けてくる。
「おじいちゃん! 凛! 大変だったんですよ本当に!」
白銀さんが泣き言を言いながら住人たちの方へ向かい。
「お、お前ら……」
「お、おじいちゃん、どうしたんですかそんなに震えて!?」
そこで、ようやく彼らの様子がおかしいことに気がつく。
彼らが見ていたのはボロボロのわたくしたちではなく。
「「「「「あ…………」」」」」
後方。
白銀さんが吹き飛ばした。
「神社、壊したんか!!!!!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
本編終了~~~~!
長々とお付き合いいただきありがとうございました!
残すところあとはエピローグのみ、あと少しの間お付き合いいただければ幸いです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます