第30話「天才美少女、そして、」

「まず最初に簡単な方から処理してしまいましょうか、この村に実在するとされている『うけい様』が本当に実在するか、『うけい様との契約書』には効果があるのか。まずはそこですわ」


「……なるほど、まあ妥当な所だな」


「これに関しては黒沢さんの前ですでに所感を述べている通りです。どうせ監視カメラやわたくしの配信でご覧になっているのでしょう? 『うけい様との契約書』には特別な力などなく、ただの紙切れにすぎません」


 オユランド淡島の背後にある大きなモニターがその時の映像を映し出す。

 わたくし自身が試した通り契約書には効果がなく、また黒沢さんが行った拘束されながらカードを当てる不思議な行為も、協力者ありきのトリックだった。


「確かに九頭竜村公式サイトで販売されている契約書には効果がないのかもしれん。だが、全ての契約書に効果がないと考えるのは早計じゃないか? 実際【インターネット上では『うけい様との契約書』に効果があったとする報告が多数寄せられている】」


 なるほど、彼の言っていた正しい発言に【  】が付くというのはこういうことか。分かりやすいのはありがたいが、言い方を変えて細かなニュアンスをズラされている可能性がある所には気を付けなくてはいけない。

 このように……


「ええ、確かに。ですがそれは『うけい様』が実在するという証明にはなりません。人は関係のない事象同士に偶然という名前を付けず、関係性を見出してしまうもの。たまたま良いことが起きた、悪いことが起きた……そんな時に『これはきっとうけい様のおかげだ』なんて風に思ってしまうものです。それに、何よりもこちらには証人がおります」


 ね? 白銀さん。


「はい、あれは私と九頭竜村のみんなで考えた自作自演でした! 映像も残っている筈です!」


 白銀さんの声に呼応するように、モニターの映像が切りかわっていく。

 村おこしのため因習村だと嘘を付く九頭竜村。契約書の記載内容に背いた人を脅かしに行く住人たち。そして全員がグルだった生放送。

 そのどれもが『うけい様』の実在を否定する要素になっていく。


「ふむ、確かに」


 映像を見ながらオユランド淡島は頷き、余裕の笑みを浮かべる。


「ま、これくらいはやってもらわなくては張り合いがない」


 そう、ここまでは予定調和。『うけい様』が実在しないことなど今さら語るまでもない。

 問題は、ここからなのだ。


「チュートリアルはこんなもんでいいかい? お嬢さん」


 パチン──と、オユランド淡島が指を鳴らし、再びモニターの映像が切り替わる。


「次の論点は、白銀真白が、超能力者であるかどうか」


 そこに映し出されていたのは、自由自在に金平糖を出す白銀さんの姿。

 おおよそ理屈では説明できない超常の力。

 これを科学的に証明するという無理難題。

 今から自分がやろうとしていることの難しさを改めて実感し、緊張で喉が渇いていくのを感じる。


「まずは第一の問題だ」


 映像が切り替わる。それは、わたくしの眼前5センチメートルの場所へ突然金平糖が現れた時の映像。


「映像の通り、白銀真白は自由自在に金平糖を出すことが可能だ。その能力を用いて満智院最強子の眼前に金平糖を出現させた。これはいかなる科学的手段によっても説明がつかない。よって白銀真白は超能力者であるという結論に至る」


「いいえ──!」


 即座に否定の声を上げる。


「本当に何もない虚空から金平糖が出現したのか再検討する必要がございます! この映像が撮影された時、現場は街灯もなく月明かりすら僅かな暗闇でした。当然視認性は最悪、ただ投擲されただけの金平糖を突然現れたものだとと誤認してもおかしくはありません。この映像だけでは、どちらか判断などつけようがないでしょう!」


「随分と都合のいい目をしていやがる。だが忘れていやしないか? 【金平糖はカラフルな色合いをしている】ッ! いくら夜間とはいえ色鮮やかな金平糖が見えないだなんて、そんなことが有り得るのかッ?」


 その切り返しは想定内──!


「時間経過で落ちる黒色の粉末を塗布して投擲した場合、いきなり現れたと錯覚させることは十分に可能です! つまり、白銀さんはあらかじめ金平糖を粉末に塗布し、それを隠し持っていた! そう考えるのが妥当でしょう!」


「無理があるな、それではその粉末が今お前たちに付着していないのが不自然だ」


「わたくしたちは爆発で吹っ飛ばされて随分と高い所から落下してきました。それだけのことをしたのです、粉末などどこかに飛んで行ってしまったのでしょう。それとも顕微鏡でも持ってきて粉末が付着しているかどうか隅々まで確認いたしますか?」


「……まぁこの件はいいだろう、だが白銀真白が金平糖を投擲したというのであれば、ひとつ疑問点が残る」


 再びオユランド淡島が指を鳴らし、モニターの映像が切り替わる。

 そこに映し出されたのは──わたくしの頭上に降る、10キロの巨大な金平糖。


「この金平糖は【重力の影響を受けて落下している】。当然、山なりに投擲を行えばそう見せることも不可能ではない。だが、白銀真白の細腕でそんなことが可能なのか? 仮にそんな真似が可能だというなら、それは明らかに人間の力を超えている」


「で、出来ますよそれくらい! ホラ、見てくださいこの力こぶ! ふんっ!」


 白銀さんは腕にグッと力を入れて、筋肉を見せつける。なんというか……随分とかわいらしい力こぶだった。


「……な、不可能だろ?」

「ええ……」

「満智院さんまで!」


「ま、ともかく。この映像から分かることは一つだ。白銀真白は巨大な金平糖を投擲するのに十分な腕力を有していない。よって白銀真白は超能力者であるという結論に至る」

「いいえ、それは違いますわ」

「……」


 そう、この論点に関しては想定内だ。だから──対策は考えてある。


「確かに白銀さん一人では不可能でしょう。ですが、一人でなければ! 協力者がいれば話は別です!」

「……クク、そうか、確かにそうだなァ」


「先回りして木の上にでも潜んでいたのでしょう。白銀さんの協力者、その方が金平糖をわたくしの頭上に落下させたのです!」

「白銀真白の行動は突発的なものだった、事前に協力を打診してなければこのような行動は不可能だ。協力者がいる? そんなバカな話があるか、誰だソイツは」

「それを説明する必要はございません」


 モニターに現れたのは……あの時のオユランド淡島。


「悪魔の証明」


 そこに映る彼と同じように胸に手を当て、おどける様に一礼する。


「わたくし、やられた分はやり返す主義ですので──協力者が『絶対』『そこにいなかった』などと証明する術はございません。当然それが誰かなど指定する必要もございません。ただ、協力者が介在する余地がある、それだけで十分ですわ」


 そう、相手が不可能証明を振りかざすというのであれば、こちらも同じように不可能証明を提示する。


 さあ! 今度はそちらが追い詰められる側ですわ──!


「悪魔の証明、破れるものなら破って見せなさいな!」


 そこへ。


「ま、待ってください満智院さん! それは……!」

「ク、ク、ク……アハハハハハ!」


 白銀さんの声に重なって、オユランド淡島の笑い声が響き渡る。


「いやはや、これは一本取られたな! 確かにそれならば協力者の証明は不要だ」


 だがな、と前置き淡島は自身の背後に視線を送る。

 そこにあるのは、監視カメラで撮影された映像が映るモニター。


「だが──その論法は成立しないッ! なぜなら【九頭竜村にはいたる所にカメラが仕掛けられている】からだッ! 断言してもいい、【森の中でカメラに映っている村人は白銀真白だけだった】ッ!」


 変わる、変わる、映像が次々と切り替わっていく──! そのどこにも協力者の影はない!


「ぐっ……しっ、しかし当時森のなかは薄暗く広大。カメラを仕掛けたとはいえ、死角が生まれる可能性は十二分にあるはず! そして九頭竜村の住人が仕掛けたカメラですもの、死角がどこに産まれるかは理解しているはずですわ! 死角さえ分かっていればカメラに映らず行動するなど造作もないはず!」


「なるほどなるほど、さすが超能力ハンター満智院最強子。ククク……大したご慧眼だ……まさか、おれたちに華を持たせる為にあえて的外れな事を言ってくれるとはね」


 自分の口から出ている言葉が軽い、その場しのぎのために口を空転させている。だってそうだ、【協会】が九頭竜村の活動を監視していたという事は──!


「そこまで気が付いているのなら、当然この可能性にも気付いていないとは言わせないぜ。【住人とは別に、おれたち協会もカメラを仕掛けている】! 当然だろう? 前も言った通りおれたちは九頭竜村の連中が失敗するよう動いているんだから! 協会が仕掛けたカメラの死角は住人たちには分からない!」

「く、ぅッ……」


 そう、その通り。この村にいる限りカメラに映らないなんてことは不可能!


「どうだい? これでもまだその協力者とやらが介在する余地があると言えるのか?」


 そんなの……もう、詰んでいる……!


「……いいえ」


 それでも、抗う。


「通常であればカメラを設置しない木の上であれば──!」


 最後の一瞬まで。


「人が通る事を想定していない道であれば──!」


 足搔く、足搔く、足掻く!




 ああ! それでも──!


「……どうやら、正直者のお嬢さんは真実を暴くのは得意でも、嘘を付くのは苦手と見えるなァ」



 駄目。



「まず第一に木の上説を否定する! そう、なぜなら【九頭竜村の住人は白銀真白と黒沢凛を除いて全てが老人】だからだ! いくら地元とはいえ見通しの悪い夜に、木の上を自由に動ける老人がいるか? バカ言っちゃいけねぇよ。そしてそれは人が通ることのできない場所という説も同時に否定できる。そんな場所、老人が通ることなど不可能!」


「ぐ、ぅう……ッ!」


「どうした? 言い返せないか? それなら更にレイズだ。こちらが先にヘンペルのカラスを使わせてもらおう! 確かにお前の言う通り、それでも偶然死角が出来て偶然村の住人がそこを通る可能性がある。悪魔の証明だ、可能性は0じゃない。だからそこを潰す。さあ、格好カッコを付けさせてもらうぜ満智院!」



 頭のどこかで、オユランド淡島の正当性を認めてしまっている。

 当然だ、そもそも間違ったことを言っているのはこちらなのだから。

 誰よりも真実を求めてきた超能力ハンターとしての経験が脳内に刻んでいる。


 敗北の二文字を。



「【お前が部屋を飛び出した瞬間、協会のカメラには全ての住人が映し出されていた】! 突然出て行ったお前に追いつける奴などいない! それなら森に近い場所にいた連中ならば協力者足りえたろうって? それはNoだ、【森から近い一番場所にいた、満智院と戦った村人たちは、お前にやられた後、協会のカメラに映り続けている】! お前は知らんだろが【うけい神社の片付けをしていた連中もまっすぐ下山している】! 加えて【現在も村人のほとんどはカメラに映り続けている】!」



 ──ああ、そうか。



「以上、この村の住人全てにアリバイがある。

 【当然、無関係の第三者の介入はあり得ない】!

 【我々協会の三人も、白銀真白に力を貸していない】!

 ヘンペルのカラスにより、白銀真白の協力者足りえる人物はいない!」


 負けたのだ、わたくしは。


「さあ、なんとも単純でつまらない解決編に入ろう!」


 最初から無理があったのだ。

 真実に嘘で勝とうなど。


「白銀真白は超能力だし、『うけい様』も実在する! 世界は不思議に満ちているッ! これこそが真実だ!」


 

 生まれつき羽を持たないものが、空を飛ぶことなどできないように。


「よって、当然未来を見通す目も実在するッ! 先ほどのトランプを当てたのは《未来を見通す目》によるものであるッ!」



 反論の言葉が思いつかない。


「さあ、どうなんだ!? 満智院最強子ォ! それでも、『うけい様』が、超能力がいないと、証明出来るのかァ!」


 このままわたくしが負ければオユランドさんは死地に赴く事となるだろう。そして、わたくしと白銀さんは、うけい様との契約により、そのことをきれいさっぱり忘れて生きていくことになる。


 ……それは、きっと楽しいに違いない。


 紫と白銀さんは相性がよさそうだし、そこに黒沢さんも加えてもいい。街をぶらぶらと食べ歩きながらお互いの食べ物をシェアしたり、家に帰って紫の好きなゲームをしながら眠い目擦ってお互いを崖から蹴落としたり、たまに気が向いたら動画を撮ってみたり、そんな、普通の女の子が当たり前に過ごす、当たり前の日常を送るのだろう。もう二度と危ない目に遭うことはないし、誰かを心配させることもない。ああ、なんて魅力的な未来。


 もう、それでいいのかもしれない。


 覚悟とか、想いとか、誇りとか、そんなものが何になるというのだ。人間あるがまま、自分の領分を弁えながら生きていければ良いじゃないか、足るを知り、自分の手にしている小さな幸せに目を向ければいい。いいじゃないか、それで。


 それでも、ひとつ心残りがあるとすれば。

 自分を信じてくれた人の期待を裏切ってしまうことは、申し訳なく思う。

 でも、もう、わたしには、どうしようもない……!





 そう言って落とした視線の先に、



「だったら、私を頼ってください、満智院さん」



 息を呑むほどに美しい、



「もう仲間じゃないですか、私たち!」





 白い造花が、咲き誇る。







【side:超能力ハンター 白銀真白】






「しろ、がね、さん……?」


 一歩。

 満智院さんを守る様に、足を踏み出す。


「ごめんなさい。私、勘違いしちゃってました、満智院さんはいつだって凄くて、強くて、かっこよくて」

「……」


 立ち止まってしまった時、もう一度前を向く大変さはよく知っているから。


「普通の人みたいに、悩んだり迷ったりしないんだろうなって、思っていたんです」


 そんな訳ないのに。

 誰だって、どんなに凄くったって、つらいものはつらいし、嫌なことは嫌だって思う。


「でも、そんな訳ないですよね。どんなに強く見える人にだって、その人なりの悩みや迷いがあって、何かを変えようとしながら生きているんです」


 いいことが100あるからといって、10の嫌なことが相殺されて90になる訳じゃない。辛さが自分のキャパシティを超えてしまえば、人は動けなくなってしまう。

 そんな当たり前のことに気が付いていなかった。


「だったら、私は満智院さんがふたたび前を向けるまで頑張りたい」

「意気揚々と出て来たはいいが震えているぞ、小娘」


 一歩。

 煽りの言葉を打ち消す様に、更に一歩を踏み出す。


「憧れの人の前で格好を付けたい気持ちは分かるが荷が勝ちすぎているな、お前ごときに何が出来る」


 そんなことは自分が一番わかっている。

 それでも。

 オユランド淡島の射貫くような視線を、真っ向から受け止め返す。

 落ち着け。心を乱すな、膝を折るな。


「黒沢凛の後ろをついて回ることしか出来ない、独りで歩き出す勇気もない、いつだって周りを言い訳にしながら生きてきたお前になァ!」

「そうですね、確かにその通りです」



 だから、わたしは。

 満智院さんに貰った勇気で、前に進む。


 ──そう、私は!


 九頭竜村の誇る天才美少女!

 そして──超能力ハンター白銀真白!



「私、格好付けるのは得意なんです」




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