最終章『因習村をぶっ壊せ!』
第26話「そのっ、ごめん、凛……私……」
『side:超能力ハンター 満智院最強子』
何事にも慣れというものは存在する。
はじめての時は緊張しっぱなしだった動画撮影も今ではビール片手に行えるし、最初に見た時には思わず嘔吐してしまった凄惨な現場も、今では眉ひとつ動かさず淡々と処理できるようになった。
それと同じように、白銀さんの超能力も戦いの中ですんなり受け入れて対応することが出来た。きっと他の不思議な出来事だって慣れていくのだろう。
人は慣れる生き物なのだ、とつくづくわたくしは思う。慣れれば大抵のことは怖くない。
だからこそ──
「ぎぃああああああああ! おちっ、おちてっ! 助けてえええええぇぇぇぇぇ!」
本日2度目の垂直落下にも、冷静に対処することが出来る。
白銀さんが粉塵爆発で神社ごとわたくしを吹っ飛ばし、何故かその下にあった巨大な空間に落ちているだけ、その程度のことだ。
なんてことはない、白銀さんに落とされた落とし穴と比べて、深さが2、3倍になった程度のこと。
1度ならず2度もわたくしを穴に落とした元凶──白銀真白さんはわたくしと一緒に落ちながらわたわたと慌てふためいている。そのみっともなさに思わず笑みがこぼれた。
九頭竜村に着いた時や先ほど対峙していた時はあれほどまでに底の知れない恐ろしさを見せていたというのに。
「にぎゃあああああ! 死ぬっ! 死んじゃっ! あああっ! 凛んんんんん!」
これである。
──枯れ木が幽霊に見えていた。
今の彼女を見て、誰が恐ろしい神の使いだと思うだろう。
「ふふ」
思わず笑いが零れてしまう。
まだまだ自分も未熟だ、と。
未知という恐怖に踊らされて、見えないものが見えていた。
確かに彼女は《本物の超能力者》のようだし、いざとなったらわたくしを爆殺しようとする危険人物だが……そんなことよりも、彼女のことを気に入ってしまっている自分がいた。かつての自分と同じ目をした、可愛らしい女の子のことを。
「あははっ」
「な、なんで落下しながら笑ってるんですか! 助けてください!」
「あら、ごめんなさい。つい……でも貴女も悪いんですよ? わたくしを2度もこんな目に合わせるなんて……」
「それは本当にすみません! で、でも今はそれどころじゃなくてですね……!」
「……そんなに慌なくても大丈夫ですわよ」
「だ、だってぇ……っ!」
「それに」
「?」
「もう、大丈夫ですわ」
「……え?」
一緒に落下している瓦礫を蹴って、空中で姿勢を整える。
そして、そのまま落下し続けている白銀さんを抱きとめ、ゆっくりと地面に着地した。
「お怪我はなくて?」
「ふぇ、あ……ありがとうございます。ところで、ここは……」
白銀さんは目をぱちくりとさせ、辺りを見回す。
九頭竜村の地下深く、うけい神社の真下にあった空間はどこまでも人工的な白に彩られた場所だった。
「あら、白銀さんもご存知ないとは、困りましたわね……」
九頭竜村が因習村と偽ったのはこの謎の地下施設が原因かと思ったが……きょろきょろおどおどと視線を泳がせている白銀さんの反応を見るに違うのだろう。
「あ、あのっ! 満智院さん!」
「? なんでしょう」
「そろそろっ、降ろして頂けると……その、夢小説っていうか、あの、顔から火が出そうな状況でして、いま、はぃ……」
そういえば白銀さんを抱き留め──いわゆるお姫様だっこをしたままだった。普段トレーニングに使用しているダンベルよりも軽いから忘れていた。
白銀さんは、がちがちと震えながらわたくしの顔と何もない空中と地面とで視線を彷徨わせている。彼女の白い肌には朱が差し込んでおり、その熱は耳の先にまで到達していた。
「こほん」
「あ、あはは……」
2人で気まずく笑い合う。
「えっと……降ろしますわよ?」
「あ、はい」
白銀さんを地面に降ろすと、彼女は力なくぺたんとへたりこんでしまった。
彼女の顔には、久しぶりに地面の上へ立てたことへの安堵。そして……それ以上の疲労感が滲み出ていた。
無理もないだろう、あの戦いの後では。
「……その、ありがとうございます。命拾いしました」
「いえいえ、お気になさらず。当然のことをしたまでですわ……それに、貴女には伺いたい話が沢山ありますもの」
「そう、ですね……流石にもう、隠し立ては出来ませんよね」
「でも、その前に」
「?」
「お茶でもいかがでしょうか。流石にお疲れでしょう、貴女の話を聞くにせよ、この謎の地下施設から脱出するにしても、一旦休憩しませんと」
「……ええ、ぜひ。そうさせてください」
白銀さんは力なく笑い、その瞬間彼女のお腹がくー、と可愛らしく鳴った。
◆
紫をなだめるために持ち歩いていた飴玉だったが、意外なところで役に立つものだ。
先ほどまで賑やかだった白銀さんは、口いっぱいに飴玉を詰め込み、ハムスターのように頬を膨らませている。顔に『しあわせ』と書いてありそうな勢いだ。
もっとも、あの金平糖を出す能力のせいで酷い低血糖状態に陥っていたから仕方のないことだ、身体が糖分を求めているのだろう。
「ほいしいでふ……! はんとお礼をしたらよいか……!」
「であれば、色々終わりましたらこの村の名産品をいただけますでしょうか。茹で落花生が有名なのでしょう? お夕飯でいただきましたがとても美味しかったですわ」
「そんなことならいくらでも! 落花生農家の大さんによく言っておきます!」
地元を褒められて嬉しいのか、白銀さんは頬をほころばせながら捲し立てるように他にも名産品を列挙していく。この村に着いた時いただいた夕食で出てきたものばかりだ……そうか、あれはわたくしの配信を通して村の宣伝を行っていたのか……中々抜け目がない。
優秀な人は好きだ、それが敵ならなおさらだ。わたくしの中で九頭竜村に対する好感度が少しずつ上がっていく。
それにしても……。
「夕飯といえばデザートに出てきたケーキ、あれは絶品でしたわ……ほどよい上品な甘さと口の中で雪のようにほどけるクリーム……出来たらあれもいただきたいですわね。既製品ではなく手作りなのでしょう?」
「ひぇぁっ!? あれは、その……」
白銀さんは何故かケーキという単語が出た途端、顔を赤くし、口ごもる。
「……? いかがなさいましたか?」
「い、いえ……お口にあったのならば、そのっ、よかった、です……」
「ええ、大変美味でした。あれほどのものは中々お目にかかれませんよ、毎日でも食べたいくらいですわ」
「毎日!? そ、そんなまだ気が早いって言うか、私には凛がいるというか……そのっ、ごめん、凛……私……」
白銀さんはまたも顔を赤くし、俯いてもごもごと口を動かすだけの置物になってしまう。
……はて。なにか変なことを言ってしまったのでしょうか?
超能力ハンターの活動を通じて人の考えを見抜く力は鍛えられていると自負しているが、どうにも年頃の女の子の考えを読み取るのは難しい。というか敵意を読むのに敏感になりすぎて、善意とか好意とかに鈍くなっている節がある。今回の九頭竜村を巡る事件についてもそのせいで苦労した。
紫によく苦言を呈されているので、なんとかしたいところではあるが……。
まぁ、今はそれよりも。
飴玉を口に含み、思考を整理する。
白銀さんの不思議な能力、そして、うけい神社の地下にあった謎の白い空間。
それはどう考えても既存の科学の枠組みに収まるような代物ではない。
ついに本物の──翡翠の超能力者の尻尾を掴んだのかもしれない。
胸の中に、ようやくたどり着いたという高揚と──どろり、とした黒い復讐心。その二つがないまぜになって押し寄せてくるのを、わたくしは飴玉とともに口の中で味わう。それは苦い味がした。
先生をあんな姿にした《本物の超能力者》。
それは一体、どんな顔をして。
その能力でどれだけの人を悲しませてきたのだろうか?
地の果てまでも追い詰めて、必ずその正体を確かめ、先生を救い出す。
──そのためにも。
「まずはここから無事に脱出する方法を考えないと行けませんわね」
美味しそうに飴玉を舐める白銀さんを見て、思わずそう呟いた。
今までの自分であれば、このままこの白い空間を隅々まで調査しようとしていただろう。
その過程で命を落とすのであればそれも運命だと割り切っていた。
いや、むしろ心のどこかでそうなる日を望んでいたのかもしれない。あの日、先生を犠牲にして逃げることしか出来なかった自分への罰を、わたくしは心のどこかで望んでいた。
だが、今は違う。
「美味し……なにこれ……やっばぁ……絶対なんか入ってますよ……もしかして、愛……?」
今、自分の隣には白銀さんがいる。彼女と共にここから脱出することが、今のわたくしの最優先事項。
そしてなにより。
(紫が仲間を増やせと口やかましく言い続けてきたのは、こういう事なのでしょうね)
いつもどこかに出かけては何日も帰らず、いざ帰って来たかと思えば生傷を増やしてくるわたくし。そんなものを……口は悪いが根は優しい彼女としては見過ごせるはずもなく。
仲間がいれば、もっと自分の事を大事にするだろうと、そう思ったのだろう。
(本当に、おせっかいな人ですわ)
だからといって自分が矢面に立たないのは彼女らしいと言えばらしいが。
心の中の悪態とは真逆の笑みを浮かべて、わたくしは白銀さんへと声をかける。
「白銀さん、貴女は来年東京に上京すると仰ってましたわね?」
「……」
白銀さんは思い詰めた表情と共に一瞬の沈黙を浮かべたあと、
「はい、行きます」
と、静かに答えた。その瞳には単に上京するだけではない、強い意志が宿っている。きっと彼女にとって大きな決断だったのだろう。
うん、これならば。
わたくしは白銀さんの方に手を差し出し、なるべく内心の緊張を悟られないように語りかける。
「それならば、わたくしと一緒に来ませんか?」
「………………はへぇ?」
誰かを誘う。一緒に何かをしようと他人に声をかける。それはわたくしにとって意外にも初めての行為だった。今まで大抵のことは独りで何とかなってしまっていたし、特に困る事もなかった。
「ちょうど一緒に動画撮影を行うメンバーを探しておりましたの。わたくし1人では何事も限界がありますからね」
「……え? あの……その……?」
口では粉砕ちゃんねるのメンバーを募集していると言いながらも、実際何か直接的な行動に移したことはない。それはきっと、自分の事情に誰かを巻き込むのが嫌だったから。
それでも。
「貴女の不思議な能力。少ししか動画に映らなかったとはいえ、勘の良い方なら気が付くこともあるでしょう……そして当然狙われることもあるでしょう……そういった不逞の輩から貴女を守るため」
「あ、あー……なるほど、そういう……うわー……勘違いしちゃって恥ずかし」
「それに」
「?」
「貴女のこと、とても気に入ってしまいましたの」
そう、散々御託を並べたが──結局は、そんな単純な理由。
気に入ってしまった。
彼女と一緒に冒険をしたり、インチキ超能力者の嘘を暴くのは──きっと楽しい、そう思ってしまったのだから仕方がない。
「金平糖の柔軟な使い方、発想力……そして何より強い意志と根性をお持ちなのがいいですわ。大抵のことは根性があればなんとかなりますからね。貴女、超能力ハンターに向いてますわよ」
「あ、えと……ありがとう、ございます……?」
「どうか、わたくしと共に来てくださいまし。白銀さん」
白銀さんは目をぱちくりとさせ、呆然とした表情でこちらを見つめている。
彼女はしばらくの間ぽかんと口を半開きにしていたが──
やがて、意を決したように手のひらを優しく握った。
「はい! 不束者ですが、よろしくお願いします……!」
初めて握った仲間の手は、暖かった。
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読んでいただきありがとうございました。
「それならば、わたくしと一緒に来ませんか?」
ただ一言。
満智院さんにそれを言ってもらう為だけに、11万文字もかかってしまいました……
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