第23話イルマと森

 王都の森は生きていくだけなら食の宝庫だった。


 売れる薬草を中心に採取依頼はよく出るが、食材そのものは各地方から届けられるので、王都周辺の食材はむしろ手付かずなのだ。


 村から王都に移り住んだ者でも採取をせずに王都の流儀に従う。

 つまりお金を稼ぐことに染まるのだ。


 スラムの住人も森や山で採取をすればどうにか食べていけるはずなのに、そちらには向かず後ろ暗い地下世界の住人になる。


 いや、そもそも森や山には動植物だけであっても危険は多い。

 森での歩き方一つ知らない人からすれば、到底立ち入れる場所ではないのだろう。


 その点、俺とイルマはロキシ村での経験から森や山、自然との関わりは熟知している。


 そもそも森で生きられる人は王都には来ない。


 王都の考え方や生き方は息苦しさを感じられるだろうし、テリトリー以外で生きることはそれ自体がストレスだ。


 生まれた場所から住む場所を変えることの少ない世界でもあるから、尚更だ。


 俺とイルマにはそれがない。

 どこであろうと柔軟に暮らせることだろう。


 俺は前世の経験からそもそも故郷への執着が薄い。

 イルマに関しては、言ってはなんだが俺がいれば他はどうでも良いらしい。


 今回、イルマを森に連れて来たのはその地ならしだ。

 俺の、ではなくイルマのだ。


 冒険者になるならないではなく、どんな状況であっても生き抜く力が必要だ。

 国家保護も国民健康保険も何もないのがこの世界だ。

 食うに困らない手段はいくつもあった方が良い。


 俺がいつまでも隣にいられるわけでもないしな。


 俺が地ならししたルートを今回はたどるだけなので、薬草や野草は説明だけして採取はしない。

 それに時間をかけていてはルートを回りきれないからだ。


 ソランと一緒に遭遇したゴブリンのポイントまで来たら、そこに接する形で円を2つ書き込む。


 その円の中央部を指差しイルマに説明する。

 以前見たゴブリンとホブゴブリンのルートから巣の位置と縄張りを推定したのだ。


「いいか? おそらくだが、この周辺にゴブリンの巣がある。それも上位種がボスだ。

 特に内側のこの円には絶対入らないように」


 そして2つの円の間もゴブリンが多く出没するはずだと付け加えて、地ならしを行うのはその2つめの円の外側に沿っている。


 この円を大きく逸れれば良いと思うかもしれないが、そうすると反対に別の魔物のテリトリーに入るってしまう。


 魔物の領域から完全に外れると金になるものはあらかた取り尽くされているか、大地主などの金持ちの土地になって入り込んで採取すれば処罰される。


 我々、庶民はそうした合間でおこぼれをもらうに限るのだ。


 目についたそら豆や野草、食べられる木の実などは採取して今日のおかずにする。

 この地域の植生はヨーロッパというわけでも東南アジアというわけでもない。


 お金になるほどの量は取れないが種類が多ければそれだけ彩りも栄養も充実する。


 ふと、イルマはくんっと何かの匂いを嗅ぎ取った。

「山椒の匂いがする、こっち」


 ついて行けばルートから数メートル離れた地点に山椒の実、その近くにはえごまの群生地もあった。

 途中に唐辛子もあった。


 えごまは種子をすりつぶせばゴマ替わりになるし、葉っぱで肉を包んで食っても美味い。


 胡椒は砂金と同等と言われることもあるほどの貴重品だ。

 それはつまり香辛料の類いは高値で取引される。

 なので、この2つも良い値段で売れる。


 これで俺たちの妹たちの学費はなんとかなるかもしれない。


「でかした!」


 イルマの頭を撫でてやると嬉しそうに俺に笑顔を向ける。

 犬の尻尾がブンブン振られている幻覚が見えそうだ。


 美少女イルマの満面の笑みだから、ドキリとさせられる

 なので魔が差した。


 頭を撫でながら顔を近づけるとイルマは少し不思議そうな顔で俺を見返す。

 そのイルマの唇にキスを落とした。


 やってしまった後で正気に戻った。

 犯罪である。


 逃げられない森の中で信じてくれている少女の唇を奪うという恐ろしい犯行。

 お巡りさん、最低なクズ野郎はここです!


「おお……、あうあう……」

 目に涙を浮かべて真っ赤な顔で俺を見つめるイルマ。

 恐怖なのか、羞恥なのか、男女関係に疎い俺はわからない。


 とにかくこんな森の中では、イルマも俺から逃げられない。

 俺たちは見つけた山椒やえごまの葉と唐辛子を必要分採取する。


 その間もイルマは赤い顔のまま。

「イルマ」

「はい!」

 イルマにしては珍しい勢いのある返事が返ってくる。


 ごめんな、と謝るのは違う気がする魔は差したが、いつかこうするとは宣言していた。

 成年になるまでキスもする気はなかったが。


「あー……」

 言葉は出てこない。

 いずれ抱くからと今は言うのは違う気がする、絶対違う気がする。


 イルマは両手に握り拳をつくって俺の言葉を待っている。


 こんな森の中でもデートといったが、アレは嘘だ。

 森の中でデートなんかしてたら確実に死ぬ。


 ビックリするほど周囲への警戒ができない。

 狩人のトマソンさんが、森の中で魔性の人妻メリルとヤッてて死んじゃったのは必然だったのだ!


「まあ、あれだ。好きだぞ、イルマ」

 出てきた言葉はとてもシンプル。


 それにイルマは先程以上の満面の笑みという光の波動砲を放ち、俺の心の闇を全て吹き飛ばす。

「うん! 私も!」


 ゲーム開始時主人公アサトとヒロインの1人イルマ15歳。


 それから3年後、ゲーム終了時のエンディングで燃える王都と主人公アサトの生首が転がる。

 主人公が生首になった理由はわからない。


 全てが謎になったまま、世界が滅びへと進むことを示唆されてゲームは終了して、続編は大人の都合でいまも保留のまま。


 ああ、うん。

 ゲーム世界で主人公を生首にしたの……俺かもしれない。


 主人公だろうと。

 イルマを奪おうとすれば、俺が殺す。




ブレイク物語  完

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