第20話おっさん先生

 俺は足下にあった石を1つ掴みつつ、模擬刀を軽く持ち上げて、何気なくおっさんに呼びかける。


「せんせーい、ちょっと剣の振り方がわかんないんで教えてもらっていいですかー?」

「あぁん? そんなの勝手に振ってろ」

 おっさんはエロい目を不快げに細め言い放つ。


 おっさん、剣術の授業やってるんじゃないんかい。

 勝手に振ってろとはこれ如何に。

 美女相手なら腰も振ろうというもんだけどさぁ〜。


「そんなこと言わずさぁー、稽古つけてくれよー。ちょっと先生の格好いいところ見せてくんない?」

 俺は挑発するように剣を振る。


 おっさんは不快な表情を色濃くして……ニヤリと口の端を釣り上げて笑って応える。


「しょうがねぇなぁー、ちょっとだけだぞ? イルマ、ちょっと待ってるんだぞ。こいつの後で先生がみっちりイルマに稽古つけてやるからな?」


 そう言ってイヤらしい顔をだらしなく見せてイルマに呼びかけるおっさん。


 イルマは隠そうともせずに嫌そうな顔をするとおっさんはなにが楽しいのか、ぐへぐへと笑う。

 いやマジで。


 そりゃそうか、モラルとか倫理観とか意外と進んだ文化だもんなぁー。

 こういうやつも多いだろうよ。


「いいぞ、どこからでもかかってこい」

 肩を模擬刀で叩きながら俺にかかってくるように促す。

 おっさんは自信があるのだろう。


 小太りな身体で胸をそらしながらその体幹は真っ直ぐと伸び、その腕は脂肪よりも筋肉のより太く発達している様子が分かる。


 感覚的にはレベル8でホブゴブリン数体並といったところか。

 剣術スキル2〜3で魔法は使えそうにない、頭悪そうだし。


 オークとはやり合えてもオーガには勝てないだろう。

 パーティを組めばわからないが。


 剣の振り方を教えてくれと言ったら、打ち合いをするんだな。

 そうやって歯向かうガキを力で抑え込んだのだろう。

 先生への監視体制とかもなさそうだもんな。


 学校というシステムではあるが、前世のように公務員を幾人も配置はできない。

 それでも生徒の割合に比例して先生の数は必要だ。


 金がかかるのもあるが、なにより先生となれるほどの高等教育を受けられる人材はそこまで豊富にいるわけではない。


 高等教育まで行ける子は全体の1割程度で、その多くは貴族だ。

 貴族は貴族で家庭教師や塾などにより手厚い教育がなされる。


 その結果、この手のクズでさえ実力さえあれば、平民の学校では貴重な先生となってしまえるというわけだ。


 物語でも転生者が通う学校って、大体が貴族学校だもんなぁ。


 では、いつでも良さげなのでお手合わせ遠慮なく。

 俺は腰ダメに剣を構え、居合の格好。


 そして。

 

 負担は大きいが足に魔力をまとい、一息に踏み込む。


 成長期の身体はこんな急激な動きには対応できないので、足のどこかがミキキと嫌な音がするが構わず加速。


 模擬刀を振るうとおっさんは僅かに驚愕して目を見開くが、その小太りの身体に似合わず反応速度で剣の間合いから逃れようとする。


 居合は剣の長さを相手に読ませないために刃を隠しておく意味もあるという。

 しかし、模擬刀の長さは一定。


 模擬刀の長さなど剣術の先生であるおっさんには百も承知であろう。

 なので。


「ゴフッツ!?」


 避けたはずの模擬刀はおっさんの脇腹の裏に叩き込まれる。

 先程の石を材料に魔法で模擬刀の長さを伸ばしたのだ。


 肉の鎧があろうとそこは内臓のある人体の弱点。


 叩き込んだ反動を利用しておっさんの背中に回り背中に無数の斬撃を叩き込む。

 縦断咆哮じゅうだんほうこうという剣術技だ。


「……ガッッツ」

 膝をつき崩れ落ちようと下がって来たおっさんの頭を掴み、地面に叩き込む。

 ドゴンと音を立てて地面が震える。


 気絶仕掛ける倒れたおっさんにビンタを1発して起こし、炎を纏わせた剣を一振り。


 炎の剣線はおっさんの顔のすぐ横を通り、広場の端にあった木に斜めの線を走らせ……木を上下に真っ二つにした。


 そして俺は黄色の液体を垂れ流して倒れているおっさんの頭を無理矢理起こす。


 そして木を切り裂いたその刃先でおっさんの首元を2回、トントンと優しく叩き耳元でささやいてやる。


「……イルマに指一本でも触れてみろ。次は、ねぇぞ?」


 硬直しながら遠巻きに俺を見守る生徒たちの中から、イルマが飛び出るようにして俺に駆け寄ってくる。


 こいつは……俺のだ。

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