第21話剣の師匠

 イルマが近づいてくる横から、ヒュっと風切り音を鳴らし模擬刀が飛んできたのを模擬刀の柄頭で弾く。


 予測していたので簡単に弾くことができたが随分なご挨拶だ。

 しかしこれでようやく本命のお出ましだ。


「これは……どういうことかな?」

 金髪ロングで腰に剣を携えて、プロポーションの良い美女がニヤニヤと笑いながら俺を見てそう言う。


 うん、イルマよ。

 手が出せるなら俺はこのお姉さんに手を出すぞ。


「どういうこともなにも。見てたくせによく言う」

 俺はおっさんの顔を離し、離れながら声の主に振り返る。


 今日は仕事で学校にいなかったそうだ。

 この世界の先生はなにかを兼務していることも多い。

 おっさんも今は学校の職員だが元冒険者だそうだ。


 忙しい中で、空いている人が入れ替わり、その日の先生をするという。

 シフト制とかきっちりしたりしないし、そういう風土でもない。

 担当の先生がいなくて授業が変わることもよくある。


 だから先生の地位は前世よりもずっと高いし信用もある。

 先生の地位が高いからこそ多くは高潔であることも多い。


 だが、このおっさんのような歪みも少ないながら存在する。


 それはどこの世界でも変わらない。

 ゲーム世界でもだ。

 目を逸らしているか、関わりがないだけのこと。


 それでも学校は有り難い。

 その存在の有用性は前世よりも遥かに高い。

 学校でしか知り得ない知識や蔵書が沢山ある。

 より楽しくこの世界を生きるためには知識が必要不可欠なのだ。


 楽しむためには勉強が必要。

 これもどこの世界でも変わんねぇな、あとはその勉強が楽しめるかどうかだ。


「ふむ、君はクスハ君だね? 色々な先生から評判が良いけどね。まさか、こんなことをするとはねー」


 内容のわりに口調は攻めていない。

 彼女も同じ剣術の先生であっても、おっさんをどうこうする権限はなかったのだろう。


 無様にピクピクしているおっさんを助け起こそうとする気配はなく、ただニヤニヤしたまま俺を真っ直ぐに見つめてくる。


「いやだなぁ〜、このおっさ……先生が稽古を付けてくれただけですよ? 生徒たちに不埒なことをしているとこんなふうにバチが当たるよ、と身を持って指導してくれたんですよ。ね? おっさ……先生?」


 おっさんは返事をしない、ピクピクしているようだ。


 美女の眼差しはベッドの上で頼みたいが、そんな軽口を言っただけで斬られそうだ。

 彼女はゲームでは登場していない。


 それはゲームでのイルマ登場時にイルマが剣聖であることは無関係ではないだろう。


 おそらく彼女はイルマの師であると同時に現剣聖で、ゲーム時にはイルマがその剣聖を継いだと考えられる。


 ジョブというゲーム要素は現実に置き換えると地位みたいなものか、そのまま『職業』と捉えてもいいんだろうけど。


「なるほど、なるほど。しかしネトル先生は稽古の途中で寝てしまうのはいただけないね。彼には先生の自覚が足りなかったようだ」

 つまりおっさんに先生を辞めてもらおうと。


 そういう口実でもないと同僚を辞めさせたりできないもんなぁ、セクハラの概念とかなさそうなゲーム世界だし。


 そう言いながら、彼女は模擬刀を手にしてニヤニヤからニコニコに表情を変えて俺に近づく。


「ネトル先生がサボっているから私が稽古の続きをするよ」

「いえいえ、もう十分。あとはベッドでお願いします」

「ベッド送りにすればいいんだね?」


 そう言ったときには彼女は目の前にいた。


 手の動きは見えないが、剣が振られたのを予想してしゃがみこむ。

 風圧が頭の上を通り過ぎる、前に彼女のくるぶしに剣を振る。


 ステップを踏んで避けようとするのを予測して、低い体勢のまま彼女の両足を狙いタックル。


 逃れようと彼女が後方に軽やかにバック宙。

 さらに加速して距離を縮める。

 また足がミキキと鳴り痛みが走る。


 わずかな俺の表情の変化を捉えた彼女は、一瞬驚きの表情を見せて俺の足に目を向けるが、逆に俺はその隙をつく。


 手に持っていた模擬刀を上に放り投げ、俺の意図を掴み損ねた彼女が僅かに上に視線を向けたところを真っ直ぐに手を伸ばし。


 むにゅ。


 俺の手は彼女の胸に届き、見事に本懐を遂げた。


 冷たいどころか身の毛もよだつ絶対零度の視線がイルマから発せられる気配を察知しながら、それでも俺はやり遂げたのだ。


 イルマの師匠は怒るでもなく、困った顔で俺の本能を示した手を見ていた。


 俺が放り投げた模擬刀は緩やかに天を舞い、オチをつけるように俺の脳天に落ちて来て、俺はこの窮地を脱することができたのだ。


 可愛い養護教諭ハルカさんのいる保健室のベッドで目覚めた俺は、ベッドに寝転んだまま勝利を掴んだ手を持ち上げ宣言する。


「俺の……勝ちだ」


 そんな俺のベッドの横で絶対零度の目をしたイルマ。


「……クスハ、あとでお話」

「……はい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る