第12話イルマの反抗期

 なんにしても先立つものがなければ、この先どうのではなくまず今を生きてはいけない。


 形見分けと称してもらったタゴロクの斧など村の遺産は金に変えた。


 しれっと火事場泥棒した村の金目の物も売った。

 王都まで犯人を探しにはこれまい、イルマ家と俺のにえとなれ。


 俺は冒険者ギルドに登録し、採取を中心に仕事を探すつもりだ。

 村では常に俺の後ろをついて来たイルマだが、王都に来てからはどうにも距離が離れ始めている。


 ベネットと関係を持ったから、というわけではない。

 それより前から妙にイライラした態度を見せてくるようになったのだ。


 昔からの幼馴染が鬱陶しくなったのか、学校に通い出して誰か好きな男の子でもできたのか。

 俺のイルマのハジメテ相手計画は頓挫するかもしれない。


 そのことについてベネットの後ろから繋がりながら相談する。

「繋がりながら、娘とのことを相談するとか……アッツ」


 色気のある汗を滲ませ悶えつつも、ベネットは困ったように笑う。

 普通の話をしながらベネットとそうするのはひどく興奮するせいでもある。


 彼女の笑みからして何か思い当たることがあったようだ。

 俺はやはり別の男かなぁ〜と推測した。


 後日、ベネットは俺の母にもその話をしたらしく、母とベネットは同じように困って同じ結論に至ったそうだ。


 さらに後日、ベネットは俺に言いづらそうにしながら、その答えを言った。


「反抗期、じゃないかしら?」

「あー」


 反抗期とは自我の目覚めであり、主に親に対して自分が自分であるということを主張するが故に起こる。


 考えてみればそうだ。

 幼馴染である以上に俺はイルマと一緒にいて彼女の世話をした。

 それはもう幼馴染というレベルではなく親である。


「それで納得するクーちゃんが凄いわね?」

「むしろ、正しく成長していることを喜ぶべきかなぁ〜」


 そういう相手である、むしろ恋愛感情よりも親愛の情が先に来てしまうものである。


 前世は子育てどころか女性にもろくに縁がないまま孤独に歳を重ねただけなので、女性の機微もわからないし、当然、子育ての経験もない。


 失敗したというか、致し方ないものである。


 豊かな村だったとはいえ、前世のように恋愛だけに比重を注いで生きられるほど楽な生活ではないのだ。


 それならば仕方がない。


「うーん、なぜかしら。クーちゃんと話していると私より歳上の男性と話している気がするわ」

「そう?」


 前世年齢も足すとそれなりの年になってしまう俺からしたら、30に満たないベネットなんて、適齢期の娘さんにしか思えないのもあるかな。


 ベネットと身体の関係で俺の若き性欲については問題がなくなったところでもある。


 大事に育てたイルマの全てを奪いたかったが、それでもイルマの気持ちを踏みにじってまでそうしたいわけではない。


 おそらく俺はこのどうでもよいゲーム転生世界で唯一、イルマに対してだけは甘い。


 おそらく彼女だけがロキシ村という小さな世界で、前世で見たキャラクターとして一致していたからだ。


 彼女だけが、かつて俺が『俺』であったことを証明する唯一だったから。

 理屈には合わないし説明ができない感情で、彼女だけが特別だったのだ。


 反抗期ともなれば近づくだけでイライラさせてしまうものだ。

 しばらく一定の距離を置くしかないだろう。


 イルマほどの美少女ならば、その間に余計な虫がつくことになろうが、俺にはどうしようもないことだろう。


 それからベネットは頬に手を当てて、困ったものねぇ、とにこやかに笑いながら娘の本音をバラす。


「あの子。クーちゃんと絶対結婚するって言ってるくせにねぇ……」

「子供の頃の話でしょ?」


 村で着いて回っているときは、よくそんなことを言っていたものだ。

 子供のときアルアルだ。

「ううん、昨日のことよ?」


 昨日かー。

 でもまだ11才だからなぁ。

 ゲーム世界だろうと人の性質は変わらない。

 反抗期も来て、これから思春期にもなる。


 そうなれば幼い恋など麻疹のように過ぎゆくだけさ。


 なぜかベネットはスンとした顔で、そんな俺をじっと見つめて来た。

 相変わらず美人だね?


 俺が首を傾げると、深くため息をついて言った。

「……あの子に反抗期なんてしている余裕なんかないわよ、と伝えておくわ」


 なんでそうなんの?

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