第4話食えるだけマシ

 6歳になった。

 順調に成長中だ。


 広がる農園が見渡せる丘の上の大岩に座り、俺とイルマは握り飯を両手で持ちながら口に運ぶ。


 絶景である。

 隣のイルマもご機嫌におにぎりにかぶりついている。

 こうしてのんびり過ごせるのはあとどれほどか。


 ぎゅっと握った握り飯のおかずは塩だけだ。

 たくあんが欲しい。


 それでもイルマは塩むすびにご満悦らしくニコニコしている。

 まあ、飯が食えるだけ贅沢というものだ。


 転生前、かつて戦国時代でも伝令役への褒美は台所での湯漬けだったりする。

『よく伝令してくれた、後で台所にて湯漬けでも食っていけ』

 すると伝令役は嬉しそうに『ハハー!』と次回も頑張ってくれるわけだ。


 栄養学とかそもそもないし、食えるだけでマシなのだ。

 ビタミンをよこせ〜。


 危険は多いが、森や山で果実を取って食べているが、そもそも果実が簡単に手に入ったら皆食べてる。

 豊かな森と山でも奥地に行かないと意外と見当たらないのだ。


 前世の飽食時代を生きた俺には足りぬ……足りぬのだ!!


 同様に農村部では塩自体が貴重である。

 この塩は俺が山の中で発見したピンクの岩塩を砕いて混ぜたものだ。


 山と森に囲まれた農村だけれど、昔ここは海の底にあったのだ!

 学者でもないから真実は知らんけど。


 密輸や横領みたいなもので、村に提供せずに使用しているのはバレたらまずい。


 まあ、それはそれとして。

 こうやって自分の時間を持てるのはあと僅かだ。

 家長の判断次第だが、おおよそ村では10歳頃から農夫見習いとして働くことになる。


 なお、労働条件は日の入りから日没まで。日の強い昼から2時間ほどは昼寝ありの休憩。

 雨の日は縄など道具の手入れ。


 休日?

 農業に休みなんかあるか!


 冬は男も女は出稼ぎ、村の雑務に道具作り、妊婦に子供に老人の世話。


 教育?

 なんだそれ?


 教会があるようなもっと大きな村などは、教会の神父やシスターが教育を行ってくれるが、大体の村は親か物知りな村人が教師代わりだったりする。


 10歳ぐらいになれば大人たちが村の子供に文字を一斉に教えるが、勉強するヤツとしないヤツの差も激しい。

 識字率も50パーセントぐらいだ。

 それ以前に俺はまだ6才で村教育を受けられる歳ではない。


 ちなみにイルマについては俺がこっそり文字や数字に計算を教えていたりする。

 後は実地で岩塩がなぜ存在しているか、自然の循環なども教えている。


 壁に耳あり障子に目ありではないが、俺がどれほど慎重に隠しても、いつまでも村の大人に隠し切ることはできない。


 本をなぜ読めるのか、真なる父の村長にも尋ねられたが、村1番の知恵者ベネットに文字を教わったのと血筋だよと言うと、神童だな、と嬉しそうに納得してもらえた。


 えっ、やっぱマジで村長が真なる父なの?


 とにかく村に生まれた以上、普通にいけば社畜ならぬ村畜の未来しかない。


 それでもイルマについては、剣聖となって王都で大活躍することになるので、そこまで将来を悲観することはないだろう。


 でも主人公バッドエンドに巻き込まれると考えたら、お先真っ暗かもしれないが。

 主人公に巻き込まれるヒロインって大変だな。


 なお、村長から本をなぜ読めるか問い詰められたときも、イルマは俺の背後で『私なにもわかりません』みたいな顔で幼女らしく首を傾げていた。


 この子が1番策士なのかもしれないと戦慄したのは秘密だ。


 そもそも剣聖とかジョブとかスキルとか判定する方法があるのだろうか。

 ゲームではステータスで明記されるのが、いまだにそれは俺の目の前には出て来てくれない。

 ステータスよこせ!


 とにかくイルマの家と村長の家の魔法教本を読むことができたので、魔法のなんたるかについて学ぶことができた。


 魔法はぐぬぬと唸るだけとか、本を読むだけで発動するとかお手軽なものでは当然ない。


 その体系における理論と般若心経のような意味ある言葉の羅列を自らに叩き込まなければならない。

 発動する際にはそれらを身体の中で練って意味ある言葉を放つ、といったところか。


 そのうえでイメージに近いのは、スポーツにおけるサイキングアップや坐禅を含むメンタルトレーニングだろう。


 手からエネルギー波を放つのに、身体を鍛えるのはこの世界でも間違ってはいない。

 外気法や内気法もどの体系を選ぶかによる。


 中には生まれながらにして英雄的な魔力を持っていたりもするらしいが、俺はそんなものはない。

 転生特典よこせー。


 俺の今の能力で言えば炎系魔法レベル1だろうか?


 転生者でもないイルマはさすがはメインキャラクターというべきか、俺と同じように魔法の力に目覚めつつある。

 この辺りは血筋もあるだろう。


 強化魔法があるからやっぱり無関係でもないけど、ゲームでは魔法を使うキャラではなく、どちらかといえば脳筋だったが。


 俺というイレギュラーといるせいで、きっとゲーム開始時より有能な美女になってしまうことだろう。


 そこまで生き残ることができれば、だけど。

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