第3話最強になりたい

「最強になりてえ」

 手下のイルマにそう宣言したのは俺が5歳の頃。

 現在のところ、俺は体感レベル1にもなっていない。


 レベル1でゴブリンと死闘を繰り返す強さだから、ゴブリンに手も足もでない力しかない。

 5歳児だから当然であり、そうでなければすでにニンゲンではない。


「さいきょー?」


 ふっ、4歳になりながら最強も満足に言えぬか、我が手下イルマよ。

 2才の頃から口調変化してなくない?


 仕方がない、4歳児でありながらなかなかの美童びどうゆえに、俺が大きく飛躍するその日まで面倒見てやろうではないか。


 俺とイルマが育った村はそれなりに裕福な村だったが、それはあくまで食うに困らない程度。


 当然のことながら王都の貴族連中のように、剣に魔法に学園になどという恵まれたものではなかった。


 村の中でも俊英と呼ばれた俺は齢5歳にして人生が詰んでいることに気づいたのである。


 このままでは俺の夢と憧れの酒池肉林ハーレムの大金持ちになって、早期引退をするという崇高な夢が絶たれてしまうと。


 なぜなら主人公が負けて世界は滅びるからだ!

 ババーン!


 俺は考えた。

 剣の腕を磨くか?


 いや、俺の超絶なる知能が言っている。

 若年時の筋肉の育て過ぎは後の成長の妨げになる。

 具体的にいうと背が伸びなくなる可能性が大だと。


 当然、立派な体躯というのは、さまざまな場面で恩恵が得られる。

 ゆえに俺は類稀なる知能で悟った。


 まだそのときではない、と。


 ならば、魔法だ!

 魔法ならば鍛えるのは頭だけだ。

 知性は無限大だ。


 5歳にして天才の異名を誇る俺が言うのだから間違いない。

 そうして俺は手下イルマと共に、村のシンボルである神社の大木の下で魔法の練習を行うことにした。


 3才のときにイルマの家で魔法の本を読んで、俺の天性的な頭脳はある真実に気づいてしまった。


 ……魔法って、どうやって覚えればいいんだ?


 本は小難しい理論を書いていたが、どうやって魔法を使えるのかは書いていなかった。


 まるでお役所の人間が形だけ体裁を整えたマニュアルのように!

 建前なんかいらん、実務をするうえでの方法を知りたいんや!


 運命は過酷だった。

 これほどの苦難を与えようとは、俺は神を呪わざるを得なかった。

 この日、俺は神への崇高なる信仰を失ってしまうのは無理からぬことだろう。


 以来、この神社は神のものではなく、俺の庭に変わった。

 なので、お供えのおまんじゅうは常に俺がありがたく頂いておいた。


 無論、そのまんじゅうは手下に優しい俺はイルマにも分けてあげた。


 こうして餌付けに成功した俺は、後に美少女と化したイルマの信頼を得ることとなるがそれはまた別のお話。


 魔法の修行により、最強となる俺の夢は敗れたかに思われた。

 しかし、その程度で俺の野望は挫けなかった。

 俺はさらに本を読み込む必要がある。

 もうこの際、いっそ魔法の本を見繕って俺の手元に置いておこうと考えた。


 そして、お隣のイルマ家に足を運んだ。


 イルマの家は父親が街に出稼ぎに出ており、いまはイルマの母のベネットしかいない。

 このベネットは穏やかで貞淑で村1番の美女だ。


 いずれは俺の筆下ろしを行うのは彼女だと俺は心に決めている。


「……お邪魔しまーす」

「しまーす」


 俺は玄関を開ける前に小さく呟いて、静かに扉を開ける。

 家主に黙って高級品である本を拝借しようというのだ。

 勝手知ったる幼馴染の家とはいえ、不法侵入で村中から避難を浴びかねない。


 貸してといえば貸してもらえなくもない気もするし、必要なら毎日でも読みにくれば良いだけの気もするが、なんとなく忍びたかった。


 もしくは麗しきベネットに優しく叱られたいだけかもしれない。


 とにかくこの任務は秘密でシークレットなのだ。


 家主の娘が背後からついてきてるが、これは別枠だ。

 気にしてはいけない。


 廊下を静かに進む。

「アッッツ……」


 奥の部屋からベネットのなんだか色気の塊のような声。


 何事だ、と思った瞬間。


「あっ、あー!

 タゴロクさん、そこ、ダメ、あぁぁーー」


 俺は気づいてしまった。

 問題の声が聞こえた部屋の扉をわずかに開く。

 一緒にのぞこうとするイルマを背後に押しやり、俺だけが部屋をのぞく。


 そこには隣のタゴロク40歳とベネットさんのイケナイ関係。


 俺は涙した。


 その涙は大人になってしまった俺へのおめでとうの涙か。

 それとも貞淑とかそんな言葉はこの農村では幻想だったんや、と真実を知り大人になった涙か。


 もしくはいつか俺もこれをネタにベネットに『お願い』しようと考えた感動の涙か。


 いずれにせよ、俺は今日大人になった。


 声だけしか聞いていないので、優しい母が何をしているのか、いまいち理解していないイルマと一緒にそっと外に出る。


 気になって俺に尋ねてくるイルマに、大きくなったら必ず俺が教えてあげる、むしろ俺以外から教えてもらってはいけないと指切りで約束して事なきを得た。


 家の外に出ると、ちょうど村長が仁王立ちで立っていた。


 イルマの父が出稼ぎで出ている間、畑仕事ができないので、そのぶん村から支給品の野菜を持って来てくれたのだ。


「取り込み中のようだな、また後で出直そう」

 村長はなんでもないように言って、涙する俺の頭を撫でる。


「男が1度は通る道だ。こうして少年は大人になるのだ」


 村長もかつて憧れた隣の家のお姉ちゃんが近所のおじさんと腰を振るアレな情事を見てしまったそうだ。


 そのお姉ちゃんは前村長の後妻になったらしい。

 ふくざつ〜……というか、この村はそんなもんらしい。

 知りたくなかったよ……。


「大きくなれ、息子よ」

 そう言って村長は俺の頭に手を置いたままイルマの家を遠い目で眺めた。


「とうちゃん……」

 俺も意味を理解して真なる父を見上げる。


 うちの母ちゃんは村で2番目に美人で、村長はうちの父ちゃんではない。

 ……つまり、そういうことだ。


 ダメだ、この村早く出よう。

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