第1話ブレイク物語

 さて、面倒だがこの世界を楽しく生きるためには現状の整理が必要だ。

 仕事でも1番大切なことだよ。


 俺は畑で忙しい家族がいない隙に、床に貴重な紙を広げて物事を整理する。

 鉛筆は炭を布で丁寧に巻いた自作だ。


 豊かな村でも街とは違い、こういった加工品は手作りするしかない。

 野菜は新鮮で美味いけど。


 そんな俺の手元を幼馴染のイルマが可愛い顔でじーっと眺めている。


 まず書き出すはここが『ブレイブ物語』の世界であること。


 なお、その『ブレイブ物語』は主人公アサトとなり冒険者というものになる。

 ちなみに我が幼馴染イルマはそのヒロインで剣聖。


 黒髪ロングの白銀鎧の美少女……と聞いただけで将来の姿がイメージできそうなテンプレヒロインの1人。


 そして様々な仲間と世界を旅したり依頼をこなしたり、ダンジョンという不思議な遺跡や洞窟に潜ったりして自由に生きる。


 やがて世界を覆う魔族との戦いに巻き込まれていくという物語である。


 簡単に言うとそれだけだ。


 このゲームが大人気になった理由は、その卓越したゲームシステムにある。

 メインのストーリーをこなしつつ、基本的に自由に行動ができる。


 冒険者と言いつつ、錬金術を極めて特許を取って大富豪になっても良いし、夜の帝王としてブイブイ(?)いわせても良いし、村を治めて戦国の世で立身出世をしても良いのだ。


 生き方を制限されたような日常で苦しむ現代社会の中で大ブレイクした。


 なので、『ブレイブ物語』は大ブレイクして『ブレイク物語』と呼ばれた……ということはない。


 しかし、『ブレイク物語』とは呼ばれた。

 なぜか。


 どのルート、どの仲間、どれぐらい鍛えようとも、最期は生首を晒されたバッドエンドで終わるからだ。


 ゆえに壊れちゃった物語、『ブレイク物語』である。


 このあんまりであんまりな物語のエンディング。

 世界と魔族との争いの中での深いテーマが関係している……とかでは決してない。


 一言で大人の事情である。


 ラスボスの魔王を倒した後、そのまま世界が平和になりましたでは、次回作が作れない。

 ゆえに次回作のために魔王復活と次回作主人公の布石を打ったのだ。


 それを公式は堂々と発表した。

 そして次回作チームも組まれていると。


 ゲームの物語に没入していた人からしたらとんでもない理由である。


 物語を没入するタイプの人からしたら、そんなん知らんがな、という感じである。

 ゲームの中の世界観を楽しんでいたのに、現実に無理矢理引き戻されるのだ。


 しかし、これはよくあることだ。


 いいか、大事なことだからもう一度言う。

 よくあることだ!


 しかし、ゲームシステムはとても良かった。


 なので、モヤモヤした想いを抱えながらも次回作で色々と救われるなら、なんなら前作主人公アサトたちが救われるぐらいの挽回を期待しよう。


 そう思った。

 俺も思った。


 だが、それから10年経っても次回作は出なかった。

 プロジェクトチームの更新は9年前から止まったまま。


 そして俺は大人になった。


「……んで、今ここにいると」

「ここにいるー」

 俺の一個下でよわい2才の幼馴染イルマが俺が書き出した文字をそのまま読んだので、偉い偉いと頭を撫でる。


 なお、当然のようにそのブレイブ物語にクスハなる人物は登場しない。

 きっと主人公たちが生首になっても、この村で農業でも続けていたのだろう。

 うん、徹頭徹尾モブである。


「いや、待てよ?」

「まてよー」


 俺の言葉をイルマがマネしたので、偉い偉いと頭を撫でる。

 俺は幼馴染を褒めて伸ばす方針だ。

 決して照れ隠しで傷つけたりなどしない。


 それはともかく。

 たしかイルマの個別イベントでちらっと故郷の村の話があった。

 さらりと流すほどのありふれたお話。


 10年後にこの村は魔物の集団に襲われて滅びる。

 うん、ありふれてる。

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