第2話 パズルのアイコン
「・・・ですからメンバーのフォロー体制の強化をしていく必要があります。私達は一つのチームとして業務を行わなければなりません。互いが協調し合う事でシナジーが生まれるのです。」
看護部長の朝の訓示が終わり、また長い業務が始まった。
昨夜、糺と倭は二人だけの誕生日会を楽しんだ。
糺は倭からのプレゼントに驚いた。
ブランド物の腕時計を贈られたのだ。
「こんな高い物大丈夫?」
彼女は嬉しさと申し訳なさと心配が混在して変顔の様になった気がした。
「給料半年節約して買った。それでこないだシフト変った。何も持たずに誕生日お祝い出来ないから。」
彼の顔はどや顔に見えた。
これを買う為に約束の日をスルーしたと聞いた糺は視界がぶれて見え始めた。
自然と涙腺が緩んだのだ。
大きな声で言いたかったが泣きじゃくりそうで、こらえながら小さな「有難う」を返した。
自分にとって人生最高の誕生日となったと糺は思った時、何故か釈然としない違和感を覚えた。
「それって、お金に物を言わせた言い訳じゃない?」
注射には大まかに4種類がある。
静脈、皮内、皮下、筋肉。
静脈は最も早く薬効が現れ大部分の投与が可能となる。
点滴がその例だ。
「南君、点滴しといてくれ。」
隠花共立病院の内科医、
糺の表情が強張る。
肩と右腕に力が入る。
針が静脈を貫通した。
「痛あぁーーーーい!」
老婆の大きな叫び声が静かな病院内に木霊した・・
倭は今日もナンパ活動を業務のように熟す。
しかし、何故か彼女である糺は彼の行動は全く把握していない。
同じ建物内で起こっている問題行動がなぜ彼女に伝わらないのか?
それは看護師仲間のチームワークだった。
倭はまだ若い。
学生時代が抜けきれないのは仕方がない。
何よりもそれを伝えてしまうと糺が傷ついてしまい、失敗続きの針刺しが更に悪化し遂には病院を追われる事態になりかねない。
糺は仲間内以外でも人柄が良いと評判が高いのだ。
看護師達は倭のナンパ行動を糺には見せないように業務の半分を費やした。
チームワークは時に現実とは反対に進む可能性を秘める。
看護師の任務に支障が出るほど周りは二人に注意を払う。
看護師長はそれらの行動を容認するしかない。
敷いては針刺しは患者に関わることだからだ。
「あっ、来たよ。糺をそっちへ。」
看護師のチームワークは特別な教育を受ける為、一般の会社には無い連携が見られる。
「糺、103の佐藤さんの点滴もうすぐ終わるよ。」
「あっ、いけない忘れてた。」
糺は同僚に促され1階に下りていく。
その背後に準看の同期の女性に話しかける倭が現れる。
糺には気付かれない事を確認する同期の看護師。
そういった事が茶飯事のこの病院。
誰の為にチームワークがあるのか?
結果的には患者のため?
否、正確にいえば針刺しの為となる?
「お疲れ様。」
糺と倭は久しぶりに休みが一緒になり、インド料理店でのディナーを楽しんでいた。
「まさ君がインド料理店に連れて来てくれるとは思わなかった。」
「変?」
「ううん。嬉しい。ネットか何か?」
「いや、前に来た事がある。」
「へぇ、学生の時?」
糺の質問に倭は言葉を選んで答えた。
「そうだよ。」
糺の脳裏に違う女と言う文字が浮かんだ。
倭の躊躇した返事の仕方に女の勘が働いたのだ。
「まさ君、浮気してない?」
倭は再び言葉を選び「何故?」と答えた。
今度は開き直ったように思えた。
「信用してるから今の言葉は忘れて、ごめんね。」
その夜、二人は礼の部屋で一夜を共にした。
日本のコミュニケーション学は西洋に影響されている感が強い。
昔の様な出会いと言う物が現代では人気度によるマッチングに変わり日本独自のコミュニケーションは衰退して行く一方だ。
糺と倭は衰退する日本にとって貴重とも言える職場恋愛だ。
そして日本の特有なコミュニケーションである暗黙の了解。
西洋人には奇妙な感情に思える言いたい事を隠すという逆説的な用法も看護師達のチームワークに含まれている。
いろんな人間が二人をシンボルにして共有し合っているのだ。
糺の考える恋愛の筋道は倭との付き合いの中で塗り替えられてきた。
「信用」
その言葉に支えられブレずに付き合いを続けている。
倭は糺と付き合いながら自分にふさわしい女性を見つけられたらと思っていた。
「特別な女」
を見つける為に。
「恋愛は人生の
となれば二人の針刺し技術も向上するかもと周りは期待しているが結果はまだない。
それは鎌倉風恋愛と平安風恋愛が相いれないのと同じなのかもしれない。
倭の恋愛観はある意味、
糺と倭が、互いにそれぞれの人となりを理解し、本人達の意志がパズルのピースとして合致した時、結婚という人生の鍵を手に出来る。
が、余りにもかけ離れた二人の恋愛観は破局のドアをも同時に開く可能性を秘めている。
倭は破局のキーを、糺は結婚の鍵を互いに伝家の宝刀として心底に秘める。
倭にはまだ決められた相手を思い続ける事に、途方もない疲れを感じているのだった・・・
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