第3話

「それで、何が必要なんだっけ?」


 市場の賑わいは、ルティナの街の夕焼けを象徴するように活気に満ちていた。黄昏の空から差し込んだ太陽光は石畳の道を鮮やかに彩っていく。賑やかな市場には色とりどりの果物や野菜が並び、様々な商人たちの呼び声が響いていた。私とリーゼの二人は、その喧騒の中を歩きながら、買い物を楽しんでいた。彼女の目は市場のあちこちに向けられ、何か面白いものを見つけようと常にキョロキョロと動いている。私は優雅に隣を歩くリーゼに問いかけた。


「そうですね、小麦粉に野菜類、あとお肉ですね」


 リーゼは柔らかな微笑みを浮かべながら答えた。彼女の声は穏やかで、まるでそよ風のように優しい。リーゼは市場の喧騒にも動じず、静かに必要なものをリストに沿って確認していた。まず小麦粉を売る店を探して市場を歩き回った。私は目に映るすべてのものに興味を持ち、あちらこちらにリーゼの手を取って急いで引っ張っていく。時には果物の山に目を輝かせ、時には色鮮やかな布地に手を伸ばす。


「ねえ、リーゼ!あれ見て!あのオレンジ、すっごく大きいよ!」


 私は子供のように無邪気に笑いながら、少し離れた場所にある果物屋を指差した。リーゼは微笑みを絶やさず、ルナの言葉に耳を傾けながらも、彼女のペースに合わせて歩いていた。


「本当に大きいですね。後で見に行きましょう。でもまずは小麦粉を買わないといけませんね。」


「うん、そうだね!でも後で見に行こうね!」


 私は元気よく応えると小麦粉を売っているパン屋を探し始める。市場の喧騒の中、私はリーゼの為に店頭に並んでいる商品を眺め歩いていた。貿易都市ルティナの市場は広大で、色とりどりの屋台が軒を連ねている為、私はその光景に少し圧倒されつつ何とかしてリーゼの役に立とうと意気込んでいた。


「小麦粉、小麦粉…」


 私は小さな声で呟きながら、次々と屋台を覗いていく。雑貨屋や家具屋、スパイス専門店などが並ぶ店々の中で、私たちは目当ての商品を探し続けた。しかし、どの店にもそれらしきものは見当たらない。


「この辺にはないみたいだね。でも、諦めないで別の通りを見てみよう!」

「無理しないでくださいね、ルナさん」


 リーゼに元気よく声をかけるとリーゼはその積極的な姿勢に微笑みながら優しく応じてくれる。私はその言葉に励まされ、さらに歩みを進めていく。それから様々な店を渡り、八百屋で必要な野菜を買い込んだ。そうして肉屋に辿り着いた私たちは牛肉や豚肉を買い込んだ。


「毎度あり」

「お肉ゲット!やったねリーゼ」

「はい、あとは小麦粉ですね」

「小麦粉かい?少し先の通りに、またパン屋さんがあるよ。行ってみたら?」

「ありがとうございます!」


 オバさん店主さんに礼を言い、お店のドアを開けてリーゼを待つ。リーゼはマジックボックスにお肉を詰め込んでいた。


「そういえばマジックボックスって不思議だよね。冷蔵のものは温かくならず、温かいものは冷えない」

「教会が支給してくれてるんです。修道士の支給品なんです」

「マジックボックス、商品化されればいいのに。みんな豊かになるよ?」

「そういうわけにもいかないのが厄介な所なんですよね」

「どうして?」

「魔法を使った特殊なアイテム、魔導具は高くて庶民には手が出せないんです…。残念なことに」

「庶民でも扱えるようになったらいいのにね」


 リーゼとの会話を楽しみながら歩いていると肉屋の店主さんの言っていたお店を見つけた。やっとのことで見つけたその店はとても小さなお店だった。店先には新鮮なパンが並び、店内には良質な小麦粉の袋が所狭しと積まれていた。私はその光景を見た瞬間、顔を輝かせてリーゼに振り向いた。


「やった、見つけたよ!」

「本当にありがとうございます、ルナさん。これで買い物が全部揃いましたね。」


 私は嬉しそうにリーゼに笑顔を向けた。リーゼもまた微笑みを浮かべる。二人は安堵の表情を浮かべながら、小麦粉の袋を手に取り、会計に向かった。その瞬間、私の心の中で、小さな達成感と共にリーゼとの絆が少しだけ深まったことを感じていた。


「次はどうしようか?」

「次は教会に戻りましょうか。きっと皆さんが待っていますわ」



 市場の中を奔走して小麦粉を見つけ出した後、二人は無事に買い物を終えた。店から出ると、夕方の柔らかな光が市場を包み込んでいた。私はその穏やかな雰囲気に包まれながら考えていたことをそのまま口に出す。


「ねえ、リーゼって本当にお淑やかだよね」

「そうでしょうか?もしお淑やかなのだとしたらそれは聖職者としての仕事に慣れてきている、と思いたいですね」


 私はそんなリーゼの様子をじっと見つめるとポツリと呟いた。


「何かに打ち込めるってすごいかっこいいって私は思うな。私なんかいつもこんなに五月蝿くてそそっかしくて、リーゼみたいに落ち着いてないからちょっと羨ましいな」


 リーゼは私の言葉に一瞬驚いたようだったが、すぐに穏やかに微笑んだ。


「ありがとうございます、ルナさん。でも、私もルナさんのその元気で明るいところ、すごく素敵だと思いますわ」


 私はその言葉を聴き、少し照れくさくなって笑う。


「そうかな?ありがとう、リーゼ」


 二人は共に買い物袋を手に取り、市場を後にする。今日一日を通して新しい友達との時間がこれからも続いていくことへの期待でいっぱいだった。そして、リーゼもまた、私と一緒に街を見て回った為か心が少しずつ不安要素が取り除けていたらいいなと思った。買い物を終え、夕暮れ時の市場を歩いていると、ふと教会の鐘の音が遠くから聞こえてくるのに気づいた。


「ねえ、リーゼ。あの鐘の音って、教会からのもの?」

「そうです。あれは私たちの教会の鐘の音です。この時間になると、いつも祈りの時間を知らせるために鳴らされるんです」

「祈りの時間かぁ…教会ではどんな祈りを捧げるの?」


 私はリーゼが所属する教会について知りたくなった。どんな教えがあるのだろうか。その好奇心が駆り立てた。


「主に感謝を捧げるための祈りです。その中でも特に大切にされているのが、『アレルヤ』です」

「アレルヤ?それって、どういう意味があるの?」


 リーゼは少し考えた後、教典からの一節を口ずさむように唱え始めた。


「『アレルヤ、すべての命に光を与え、我らを導きたもう主に感謝を。アレルヤ、全ての困難を乗り越え、平穏を求める者に祝福を。アレルヤ、永遠に続くその慈しみに。』」


 その言葉は、まるで夕日に照らされた市場の空気に溶け込むように響いた。私は静かにその響きを聞きながら、心にじんわりと温かさが広がる感覚に初めての感情に戸惑いながら口を開いた。


「なんだか、すごく心が落ち着くね。その言葉には、特別な力がある気がする」

「そうですね。この『アレルヤ』の文は、私たち信者にとって大切な祈りの一部です。困難な時にも、心が迷った時にも、この言葉に立ち戻ることで、主の導きを感じることができるんですよ」

「すごいねリーゼ!なんかすごい修道士みたい!」

「そりゃあそうですよ。私は修道士なんですから」


 リーゼはクスクスと微笑み、二人は再び教会へ戻るために歩き出した。教会の鐘の音が鳴り止むのと同時に私はリーゼとの新しい絆がさらに深まったのを感じていた。リーゼの顔を覗いてみると晴れやかな笑顔を見せていた。その後も私とリーゼの声はルティナの街に絶え間なく響いていた。そして教会前の大階段に着いた私は徐にマジックバッグの中からアクセサリーを取り出した。


「これ、私が作ったの。本当はメインに使ってるものが壊れた時用のサブアイテムだったんだけど、気に入ってもらえたら嬉しいな」


 リーゼはそのアクセサリーを手に取り、感激の表情を浮かべその場でペンダントを首にかけてくれた。ペンダントを吊るすリボンに金メッキでコーティングした合金の星がついており、リーゼの目のような小さなサファイアが星の中心で輝いているとても綺麗なアクセサリーだ。


「これを持っていれば、どんな時でも運命の女神様が守ってくれると思うの」

「ありがとう、ルナさん。これ、とても素敵ですね。でも、どうしてそこまで私に優しくしてくれるんですか?」

「えっと。言ってもいいけど、笑わないでね?」

「笑いません!私の恩人なんですから!」

「えっとね。私、今までお母さん以外に人を見たことなかったんだ。私がこんな騒がしい人になっちゃったのはお母さんのくれた本のせい。お母さんと一緒に本を読みながらずっと生きてきたの」


 急な真面目な話を切り出されリーゼはギャップに驚きながらも相槌をしながら話を聞いてくれている。


「それでね、お母さんとお母さんの相棒で猫のミケとしか話をしてこなかったから私は世間を知らないし友達なんかいなかったんだ。だから、初めての友達に嬉しくなっちゃった。私、ようやく御伽話の主人公みたいになれたんだってそう思ったら」

「そうだったんですね…。私もルナさんのお友達になれて嬉しいです」

「また、遊びに出かけよう?今度は一緒に美味しいもの食べに行こう!私、たくさん冒険者として依頼をこなしてたくさんリーゼに食べさせてあげる!」

「ふふふっ、私も教会からお金は貰っているので私もルナさんに食べさせてあげますから。約束ですよ」


 私はリーゼに手を差し出し、リーゼはその手を取った。お母さん、私初めての友達出来たよ。やりたいことリスト、一つ埋まったよ。


「そろそろ日が落ちるね、門限とかってあるの?」

「あ、はいあります…!あと…五分ほど…、です」

「まずいまずいまずいまずい!急がなきゃ!」


 魔時計を見たリーゼは急いで大階段を登り始めた。こうして新たな友達を得た私はリーゼと一緒に急いで大階段を登りきり、星教会前まで辿り着いたのだった。


「じゃあまた遊ぼうね」

「はいっ、今日はありがとうございました」


 私はリーゼに手を振りながら教会前の大階段を降りはじめ、リーゼは今どんな顔してるんだろうと思い少し振り向いてみるとリーゼも手を振ってくれていた。門限まであと少ししかないのに、大丈夫かなあと思いながら再び大階段を降っていく。今日の出来事を思い返しこれから始まる新たな冒険に思いを馳せる。これからの旅路には、どんな困難や出会いが待っているのか――私の心の中は期待と興奮でいっぱいだった。笑顔を浮かべながら、拠点の宿屋へスキップをしながら帰るのだった。


「あ、依頼完了の報告忘れてた!」

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