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玄関先の床に置かれた数百万の札束を、義理の母は怯えた目で見つめた。
あずさは義理の家族の家に来ていた。一応、名義上はあずさの実家であるが、当然のように上がらせてもらえる雰囲気は無かったので、玄関の扉を背にする形で靴をはいたまま現金を出す羽目になってしまった。まあ、予想通りだが。
「賠償金の借金の残りですが、それで十分足りますよね。これで全額返済ということで」
義理の母はあずさの顔と古びた札束を不安げに見比べ、そしてあずさの左腕の包帯を見た。
「あ、あんた、人でも殺してきたの?」
うーむ。その質問は返答に困るな。
はい! 六人やってきました! とは流石に言えまい。
だが、義母はそのあずさの表情で何かしら悟ったのだろう。
「か、帰って」
あずさは頷いた。
「あ、はい。勿論。帰ります。これまでお世話に・・・・・・」
「その汚い金も持って帰って!」
あずさは小首を傾げた。
「え、でも、三ツ矢さんへの賠償金の借金が・・・・・・」
義理の母は叫んだ。
「あ、あんなの、ないのよ! あのあと、結局、相手側の弁護士から連絡が来て、賠償金の話は無かったことになったの!」
あずさは流石に驚いた。まあ、三ツ矢家はかなり裕福な家柄だそうだし、確かに賠償金などいらないと言っても不思議では無い。あくまでも事故だったのだから。
しかし、ではこの女はずっと私をだまして金を搾り取っていたのか。
あずさの雰囲気が変わったことに気がついたのだろう。
義母は後ずさった。後ずさりながら喚いた。
「だから、いやだったのよ! あんたみたいな。あの姉の娘で、あいつの孫のあんたなんかを近くに置くのは!」
義母は半泣きになっていた。
「何なのよあんた! ひと目見たときからわかったわよ! その目! その目よ! 母や姉と同じ目! 長い間かけてようやく潰したと思ったのに! なんでまたその目をしてるのよ! この化け物!」
そうか。この女は、あずさのことをただ毛嫌いしていただけではない。
怖がっていたのだ。
自分が持たないものを持ち、自分が出来ない生き方をする自らの姉や祖母の血を濃く受け継いだあずさを。
この女は畏れていたのだ。
あずさは一度置いた金を再び手にとり、リュックに戻した。その際、リュックの中の残りの札束の山も見えたのだろう。「ひっ」と義母は腰を抜かしてその場に座り込んだ。
あずさはリュックをきっちり閉め、背負うと、義母に向き直った。
義母はその姿に何を見たのか、見いだしたのか。声にならない悲鳴を上げる。
あずさはその哀れで小さな女に対し、ゆっくりと頭をさげた。
「今まで、お世話になりました」
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