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息を引き取った翁の胸から、電子音が鳴った。見ると、ポンチョの内ポケットが振動している。
取り出してみると、まるでスマホに移行する前の携帯電話のようなものが出てきた。折りたたみ式のアンテナが随分大きかった。
点滅するボタンを押すと、通知音が止んだ。通話ボタンだったのだろうか。
アンテナを立て、耳に当てる。
『翁、終わったか』
男の声だった。低い、聞き慣れない声。
『翁? どうした。クロダたちはどうなったか報告しろ』
あずさは「ねえ」と声を出した。
通話先の相手が息を飲む気配を感じた。あずさは言った。
「あなたが、脚本家ね」
電話はしばらく沈黙し、再び低い声を届けた。
『クロダが、そう言ったのか』
「ええ」
『クロダは?』
あずさは事も無げに言った。
「死んだわ」
沈黙。
『・・・・・・翁は?』
あずさは電話を耳に当てたまま、崩れかけた本堂に向かって歩きはじめた。
「死んだわ。ついさっき。私が殺した」
今回の沈黙は長かった。
その間に、あずさは本堂の屋根に目をこらした。そして見つけた。
固定カメラがあずさの方を向いていた。恐らくこれも録画して後で回収するタイプなのだろう。
あずさは改めて境内を見回した。よくよく見るといくつもカメラが設置されている。ご苦労な事だ。
おもむろに、脚本家の落ち着いた声が電話機から漏れ出た。
『おめでとう。君が勝者だ』
あずさは鼻で笑った。
「そりゃどうも」
低い声は続ける。
『翁が金の入ったリュックを持っていただろう。それが君の賞金だ』
あずさは言われて境内の真ん中を見た。焚き火跡の翁が座っていたリュックが見える。
『君は、初めての勝者として、その金を持って山を下りろ』
あずさは「はあ?」と声を漏らした。
「なにそれ。そんな都合のいい話を信じろとでも?」
電話先の男が軽く笑う。ここまで面白くなさそうな笑い声を聞くのは初めてだった。
『君には危害を加えない。一切。君は身の安全を保証され、初めての勝者として賞金を持ち、舞台を去る』
男は感情を殺したような声で続けた。
『それでいい。それがいい。その方が、ウケがいい』
視聴者にとって、という意味だろう。
『金の使い方も問わない。小汚いがどれも洗浄済みの金のはずだ。好きに使って勝ち取った人生を楽しめ』
今度はあずさが黙った。男は続ける。
『明日の朝には遺体とカメラを回収するチームが森と山に向かう。そして、その日の昼には何の痕跡もなくなる。警察に駆け込んでも良いが、お互いに面倒なだけだ。やめておけ』
男は言葉を続けようとしたが、それをあずさの「言っておきたいんだけど」という声が遮った。
「あなたたちの、しょうもないビジネスにはなんの興味も無いわ。狂ったビデオをどうぞこれからも売りさばけばいい」
あずさは、目を彷徨わし、本堂の屋根に取り付けられたカメラのレンズに目線を止めた。
「でもね。覚えておいて。もし、またあなたたちが、性懲りも無く、また私の前に現れたら」
あずさはカメラのレンズを睨み付けた。いずれ、この映像を見るであろう人間の全員を射貫くように。
「全員殺すわ」
電話の向こうで男は黙り込んだ。
「約束する。あなたたちが何人で来ようと、私は絶対に全員殺す。一人残らず」
あずさは言った。カメラに向けて。その先に向けて。
「わかったわね」
あずさは男の返事を待たなかった。すっと耳から電話機を外し、それを渾身の力でカメラに向かって投げつけた。
カメラは電話機の直撃を受け、レンズを飛散させながら、ぼとりと、地面に落ちた。
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