26


26


 


 息を引き取った翁の胸から、電子音が鳴った。見ると、ポンチョの内ポケットが振動している。


 取り出してみると、まるでスマホに移行する前の携帯電話のようなものが出てきた。折りたたみ式のアンテナが随分大きかった。


 点滅するボタンを押すと、通知音が止んだ。通話ボタンだったのだろうか。


アンテナを立て、耳に当てる。


『翁、終わったか』


 男の声だった。低い、聞き慣れない声。


『翁? どうした。クロダたちはどうなったか報告しろ』


 あずさは「ねえ」と声を出した。


 通話先の相手が息を飲む気配を感じた。あずさは言った。


「あなたが、脚本家ね」


 電話はしばらく沈黙し、再び低い声を届けた。


『クロダが、そう言ったのか』


「ええ」


『クロダは?』


 あずさは事も無げに言った。


「死んだわ」


 沈黙。


『・・・・・・翁は?』


 あずさは電話を耳に当てたまま、崩れかけた本堂に向かって歩きはじめた。


「死んだわ。ついさっき。私が殺した」


 今回の沈黙は長かった。


 その間に、あずさは本堂の屋根に目をこらした。そして見つけた。


 固定カメラがあずさの方を向いていた。恐らくこれも録画して後で回収するタイプなのだろう。


 あずさは改めて境内を見回した。よくよく見るといくつもカメラが設置されている。ご苦労な事だ。


 おもむろに、脚本家の落ち着いた声が電話機から漏れ出た。


『おめでとう。君が勝者だ』


 あずさは鼻で笑った。


「そりゃどうも」


 低い声は続ける。


『翁が金の入ったリュックを持っていただろう。それが君の賞金だ』


 あずさは言われて境内の真ん中を見た。焚き火跡の翁が座っていたリュックが見える。


『君は、初めての勝者として、その金を持って山を下りろ』


 あずさは「はあ?」と声を漏らした。


「なにそれ。そんな都合のいい話を信じろとでも?」


 電話先の男が軽く笑う。ここまで面白くなさそうな笑い声を聞くのは初めてだった。


『君には危害を加えない。一切。君は身の安全を保証され、初めての勝者として賞金を持ち、舞台を去る』


 男は感情を殺したような声で続けた。


『それでいい。それがいい。その方が、ウケがいい』


 視聴者にとって、という意味だろう。


『金の使い方も問わない。小汚いがどれも洗浄済みの金のはずだ。好きに使って勝ち取った人生を楽しめ』


 今度はあずさが黙った。男は続ける。


『明日の朝には遺体とカメラを回収するチームが森と山に向かう。そして、その日の昼には何の痕跡もなくなる。警察に駆け込んでも良いが、お互いに面倒なだけだ。やめておけ』


 男は言葉を続けようとしたが、それをあずさの「言っておきたいんだけど」という声が遮った。


「あなたたちの、しょうもないビジネスにはなんの興味も無いわ。狂ったビデオをどうぞこれからも売りさばけばいい」 


 あずさは、目を彷徨わし、本堂の屋根に取り付けられたカメラのレンズに目線を止めた。


「でもね。覚えておいて。もし、またあなたたちが、性懲りも無く、また私の前に現れたら」


 あずさはカメラのレンズを睨み付けた。いずれ、この映像を見るであろう人間の全員を射貫くように。


「全員殺すわ」


 電話の向こうで男は黙り込んだ。


「約束する。あなたたちが何人で来ようと、私は絶対に全員殺す。一人残らず」


 あずさは言った。カメラに向けて。その先に向けて。


「わかったわね」


 あずさは男の返事を待たなかった。すっと耳から電話機を外し、それを渾身の力でカメラに向かって投げつけた。


 カメラは電話機の直撃を受け、レンズを飛散させながら、ぼとりと、地面に落ちた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る