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「もう一度聞くわよ」
あずさはため息をつきながら繰り返した。
「人数は?」
ヨシツネは聞いていなかった。いや、聞こえているがそれどころではなかったのだろう。左の二の腕の矢を引っ張り、激痛に叫び、次に右太ももの矢に触れ、また慟哭した。何をしているのだろう。
あずさはすでにヨシツネのクロスボウと矢筒を取り上げ、ヨシツネから数メートル離れた地面に移動させた。その側に自分も立ち、ヨシツネを見つめる。
ヨシツネが涙とよだれをまき散らしながら叫んだ。
「くそがくそがくそがあああ!」
話にならない。
あずさは根気強く繰り返した。
「あのね、あなたたちの、人数を、教えて欲しいの」
「誰が教えるかくそがあああああ!」
あずさは再度ため息をついた。仕方ないなあ。
あずさはおもむろに弓に矢をつがえた。それを見て、ヨシツネがびくりと反応する。
「ま、待て」
「そういえば、私、左肩を撃たれたんだったわ。」
ゆっくり引き分ける。
「ままま待て。待ってくれ。待って!」
ヨシツネは左肩を隠そうとしたが、木の幹に左手が縫い付けられている状況だ。無理に動こうとし、痛みにまた悲鳴を上げる。鼻水を垂らしながらヨシツネは右手を必死に左肩の前に掲げて懇願する。「待ってください。待ってください!」
「手をどけなさい。手まで貫通するわよ」
その言葉で脅しでないことを悟ったのだろう。ヨシツネは叫んだ。
「わかった! 人数だな! 言う! 言うから!」
あずさはすっと弓を降ろした。
「言っとくけど、私、嘘をつかれるとすぐわかるわよ。そういう才能があるの。だまそうとしたら、矢、一本じゃすまないから」
無論、あずさにそんな能力などない。しゃあしゃあと嘘をつかれたら確かめようがない。単なるブラフだ。だが、効果はあったようで、ヨシツネは怯えた様子で無表情のあずさを見上げ、生唾を飲み込んだ。
「に、人数は、俺の他に・・・・・・四人だ。ベンケイ、クロダ、タケル、それからヒジカタ・・・・・・」
くそ。想定より一人多い。
あずさは次の質問に移ろうとしたが、ふと思いついて降ろしかけていた弓を上げ、引き分けてヨシツネを狙った。
「嘘ね」
ヨシツネが「へ?」と狼狽し、ガクガクと震える。
「本当だ! 嘘じゃない! 嘘じゃないい!」
ヨシツネはこれ以上ないぐらいの勢いで首をぶんぶんと振り、涙やらよだれやらが周りに飛び散った。
あ、嘘じゃなかったっぽい。疑ってごめん。
でも、なんか、あずさも、引っ込みがつかなくなってきた。
「嘘よ! もう一人いるでしょう!」
「え? ええ!?」
ヨシツネは恐怖で失禁するのではないかというほどに身体を揺らし、目玉をキョロキョロとさせて、必死に記憶をさぐる動作を見せた。そして、やおら叫んだ。
「そ、そうだ! いる! いるよ! 翁だ! 翁! 忘れてた! 忘れてたんだよおお!」
いや、ほんとにいたんかい。
「・・・・・・よろしい」
あずさが弓を降ろすのを見て、ヨシツネは安堵のあまりまた泣きじゃくり始めた。どうやら嘘をつくつもりがあったわけではなく、本当に失念していただけらしい。
翁。
不気味な名だった。他の連中も歴史上の偉人の名前を使っていることがなんとも得体が知れず、気持ち悪かった。なにより悪趣味だ。
五人。あと五人もいる。
「わかったでしょ。私に嘘は通じないから。嘘をついたらその度に矢を射るからね」
ヨシツネは震えながらうんうんと頷いた。完全に心が折れたらしい。
「あんたたちの目的は?」
ヨシツネはしゃくり上げながら答えた。
「さ、撮影」
「何のために」
「う、売るんだよ。闇ルートで。今時、どんな映像も手に入るけど、マンハントものは一定の需要があるらしい。会員制で、狂った金持ちたちが買うそうだ」
あずさはヨシツネの帽子についた小型カメラをじっと見つめた。あずさたちを追い詰めて殺す映像を編集して商品にするというわけか。林道にライブ式ではない隠しカメラが何台もあったのも頷ける。監視用ではなく、撮影用だったのだ。狩りが終わった後に全て回収してゆっくり使えそうな映像を見繕うに違いない。
「なんで私たちなの?」
あずさは言った。純粋に最も聞きたい質問であった。なんで私や、三島先輩がこんな目にあわされているのか。
「決まってんだろ! ここは自殺スポットだ。死んでも消えても後腐れがないやつが勝手に集まってくる。最適なんだよ。狩り場としては」
なるほど。私だから選ばれたわけでも、三島先輩だから狙われたわけでもない。
私たちは迷い込んでしまったのだ。彼らの狩り場に。遊び場に。
「もっと詳しく」そう促すと、ヨシツネが困った表情で首を振った。
「詳しいことはわからないんだ。俺もただの下請けで、できるだけ臨場感を持たせて狩りをしろと言われてるだけだ。撮れた映像は全部、クロダに渡す。それだけの仕事だ。受注されてやってんだよ。」
クロダ。リーダーだろうか。
「その、翁っていう人は?」
「わ、わからん。何をするわけでもないやつだ。俺たちもよくわかってない。俺たちも最低限のことしか知らされてないんだ」
本当に大したことは知らないのであろう。その後の質問でも、ヨシツネは核心的なことは何も答えられなかった。それでもヨシツネは必死に記憶を振り絞ってあずさが喜ぶ情報を出そうと躍起になっており、その姿はなんかもう、気の毒になるほどだった。
「だいたいわかったわ。ありがとう」
あずさはめぼしい情報を聞き終えると、ヨシツネのクロスボウと矢筒を肩にかけた。そして思いつくと、ざくざくとヨシツネに向かって行った。攻撃されると思ったのか、ヨシツネは「ひっ」と身をすくめる。
その首から、あずさは銀のチェーンネックレスを引きちぎった。ぶら下がった発信機が揺れる。
あずさはそれをポケットに押し込むと踵を返した。
「じゃあ、さようなら」
数歩歩いたところで、ヨシツネが「え?」と間の抜けた声を出した。
「ちょ、ちょっと待て。このまま置いていくのか」
「ええ」
あずさはさも当然と言った表情で振り返った。ヨシツネが目に見えて狼狽する。
「ま、待てよ。ほら。こんなに血が出てるんだぞ。さっきから止まらない」
確かに、ヨシツネの身体の下には血だまりができていた。
「木にはり付けになって動けもしねえ。このままじゃ死んじまう」
あずさは首を傾げた。こいつは何を言ってるんだろう。
「だから?」
ヨシツネは目を見開いた。そして震える声で言った。
「助けてくれ。助けてくれよ。死んじまうよ」
あずさはヨシツネの身体を見た。右のふとももと、左の二の腕から伸びた矢を見た。
「その、二本の矢。二本とも、あなたが牡鹿と呼ぶ男性に突き刺さっていたものです」
あなたが、射ったんでしょう。
「彼は、あきらめませんでしたよ。最後まで」
あなたは、できますかね。
あずさは背を向け、ゆっくりと歩き出した。
泣き叫び、悪態をつき、懇願するちっぽけな男に一度も振り向くことなく、あずさは林を抜けた。
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