二十二歳 十一月
二十二歳 十一月
秋の日差しがオフィスに差し込む中、朝礼で四宮の結婚発表が行われた。
「私事で恐縮ですが、この度、結婚をすることとなりました」
爽やかな笑顔で四宮が言う。社員は皆が立ち上がって拍手をした。あずさもワンテンポ遅れて手を叩く。
「ご存じの方も多いかと思いますが、相手は、芦田朱美さんです。職場結婚となり、お恥ずかしい限りで・・・・・・」
四宮の隣で朱美先輩がはにかんで頭を下げる。同僚の誰かが口笛を吹いた。
「それに伴い、朱美は今月末で退社いたします。色々とご迷惑をおかけすると思いますが・・・・・・」
あずさはなんとも感情が動かない目で朱美を見つめた。朱美の髪型は明るい茶髪のボブだった。
なんだ。黒髪が好きって言うより、ただ単に、本命の彼女とは違うタイプの女が欲しかっただけだったのか。
「春に結婚式を挙げる予定です。皆様にも是非、ご列席いただけたらと思います。また、成田課長には挨拶をお願いしたく・・・・・・」
成田課長が上機嫌で「任せとけ!」と胸を叩き、場が盛り上がる。課長、お気に入りの社員二人が結婚して、うれしそうだなあ。
というか、結婚式、行かなくちゃいけないのか。ご祝儀って三万円だっけ。あの手切れ金とやら、とっておけばよかった。
「二人の門出を祝して、花道作ろうぜ! 花道!」
同僚の一人が変なことを言い出した。
四宮が「何でだよ。俺は辞めねえよ」と笑い、隣で朱美も「えー。私も今月いっぱいいるんですけどお」と恥ずかしがる。
面白がった社員達が入り口に向かって二列に並び、花道を作る。ボーとしていたあずさは同僚の一人に「お前も早く来いよ。とろくせえ」と小声で言われ、慌てて列に加わる。
「おめでとーーー!」
一斉に叫んで、両手を挙げ、皆でアーチを作る。その間を四宮は朱美の肩を抱いて笑いながらくぐり抜けた。
四宮があずさの方を向くことは一度も無かった。
その日の昼休み、朱美が女の同僚たち数人に自慢げに話しているのが嫌でも耳に入ってきた。
「みんな知ってったと思うけど、二年ぐらい付き合ってたの。趣味もあって、意気投合しちゃって。今年に入ってからは半同棲してたんだ。プロポーズ? あっちからだよ。彼、タバコ吸ってたでしょ。私、タバコの煙好きじゃ無いから、タバコやめてくれたら結婚するって言ったの。もちろん冗談だよ。でも、かれ、その日からすぱっと止めてくれて」
それを聞いた女性社員たちは口を揃えて言った。
「愛だねえー」
その日の夜、あずさは朱美の仕事を引き継がされる形でリモート会議を行った。会議は夜中まで続いた。あずさはチャーシュー麺を残した。あずさは終電の電車に飛び乗った。あずさは三島の失踪を知った。
そして、次の日の朝、あずさは味覚を失った。
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