二十二歳 十月

 


 二十二歳 十月




「え、なんて・・・・・・」


「だから、結婚するんだよ。俺」


 自分のアパートの一室で、あずさは膝を崩して座り込んでいた。


 四宮はそそくさとスーツを着直している。


「え? えと・・・・・・ え?」


「だから、この部屋に来るのはこれで最後」


 あずさは混乱していた。ぐにゃりと視界が歪む。


 確かに、色々違和感はあった。四宮の態度は日に日に素っ気なくなるし、夜中にいきなり押しかけてくることもあれば、ラインのメッセージ一つで約束を反故にされたこともあった。乱暴な扱いをされたこともあった。でも、それは、きっと、仕事が忙しいからで。そういう時ほどパートナーの私が支えてあげなくちゃいけなくて。土日に一切会ってくれないのは、自分だけの時間を大切にしている人だからで。一度もあずさを自分の家に呼ばないのは、自分のプライベート空間を大事にしているからで。周りの人たち全員に関係を隠しているのは、私との関係がそれだけ大切だからで・・・・・・え? え? 


「じゃあ、そういうことで」


 背を向けようとする四宮の足に、あずさは思わずしがみついた。


 四宮が面倒臭そうに振り向く。


「あ、あの、私は・・・・・・」


 恋人ではなかったんですか? あずさはそう聞きたかった。もう答えはわかっていたけれど。聞かずにはいられなかったのだ。


 四宮はため息をついた。


「いや、結婚してから会うのはまずいでしょ。俺、一応、誠実な夫、目指してるし」


 あずさは言葉が出なかった。


 未練がましく四宮のスーツの高級そうな生地を握りしめているあずさに、四宮はうっとうしそうな視線を向け、またため息をつくと、あずさの部屋を見回した。安っぽい家具と百円ショップで揃えられた小物。そんな中にクレジットカードの赤い催促状を四宮は見つけた。


「ああ。はいはい」


 何を勘違いしたのか、四宮は財布を取り出すと、一万円札を三枚抜き取り、あずさの鼻先に突き出した。


「これ、お別れの品というか、気持ちというか・・・・・・ 手切れ金?」


 あずさは呆然とその三枚の紙幣を見つめた。


「あ、そういえば来月誕生日だっけ。これで好きなものでも買いなよ」


 四宮はあずさがなかなか金を受け取らないのに業を煮やしたのか、そのままあずさの顔の前で紙幣から手を離した。あずさの顔に当たった紙幣が、パラパラと床に落ちる。


 あずさはゆっくりと腕を降ろした。


「じゃあね。色々楽しかったよ。今日もごちそうさま」


 玄関のドアが開き、そして閉まり、あずさは一人になった。


 


 その三万円は、カードの返済に消えた。






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