10. 帰省

10-1


 七月の力強く若々しい光の下、草の匂いを乗せたさわやかな風が車両内を吹き抜ける。


 キリウと直也の乗った鈍行電車は、仲養学校から遠く離れた田畑の続く田舎道をごとんごとんとのんびり進んで行く。


 車両には二人の他に誰も乗っていなかった。それをいい事に、直也とキリウは暑い暑いと車両全ての窓を全開にしていた。 


 四人掛けボックス席の左の窓際に向かい合う様に二人は座り、窓際に付いた小さなテーブルにはネットに入った冷凍みかんと岡本屋の茶色い紙袋が置いてある。


 進行方向を向いた直也の右側の席には、大きな水筒が寝かせてあり、バッグでそれが転がらない様に留められている。


 進行方向逆向きに座ったキリウの左には、一抱えもある大きな岡本屋の袋が置いてある。


 あふれる光と爽やかな風の中、二人は仲養学校を出て二度乗換えをした後、気持ち良さそうにどこか眠そうに、言葉少なにずっと向かい合っていた。


 窓枠に肘を着き頬杖をしながら、風に吹かれる前髪が顔を撫でる感触を楽しんでいるかの様にキリウは目を閉じていた。


 そんなキリウを目の端に、窓の外を広がる青々とした稲が風に揺れるのを眺めながら、直也は昨日の夜の事を思い出していた。


*        *        *


 御犬のエリザの居場所を告げる声に目を見開いたシラベは、遊馬の治療が辛うじて間に合った様で、生命の危機から脱した。


 その後寝かされたまま、君嶋の術で医務棟まで瞬時に移動させられた。


 カイル、直也、遊馬は、シラベと共に術で移動した君嶋を追う様に医務棟に向かった。


 三人が医務棟に着いた時、シラベはすでに手術室にいた。


 君嶋と合流した三人は、シラベの治療が終わるのを待合室の椅子に座り無言で待っていた。

カイルはシラベが危機的状況を脱した後も、震え、真っ白になるほど膝を握っていた。


 手術中の赤いランプが緑に変わったちょうどその時、春雪姿を現した。


〈今回の処置が決まりました〉

 春雪は、君嶋と遊馬の前に立つと厳かに言った。


 その後シラベは一人部屋の病室に移された。


 その隣の空いた病室に、縛られたままのサーベル使いとメイス使いを含め、今回の騒ぎに関わった者が集められており、しばらくして最後に笠間と共に柳田校長がやって来た。


 校長はもう真夜中を過ぎているにも関わらず、いつも着ている袴姿で背筋をぴんと伸ばしていた。


 今回の騒ぎの関係者を見渡すと校長は徐に話し始めたが、それはエスラペント語で、直也は話の意味がほとんど分からなかった。


 校長が話している中、小声で笠間に内容を聞くと、笠間も小声で「校長はこう言ってんだ。水海も心して従うこった」と言い、話出した。


「ルッサの奴らぁ国のお偉方に言われてギャビンの書を探しに来たんだと。

 んでも今回のこたぁ国連仲裁条例、第十二条『仲裁試合終了後、いかなる紛争も再び問題にしてはならない』てぇのに反してんだ。

 なんでこのルッサの違反が明るみにでれば、ルッサは全世界との国交上まじぃ事になっちまう。

 一方フルガにとっても、仲裁の原因となったウラージオイヌの書がどんなもんにせよあったと知れたらまじぃ訳だ。

 んで、ここは両国の益をとって書はなかったとあいつ等にルッサに報告してもらうっつー事になった訳だ」


「でも、もし約束を破って誰かがフルガに本があるって言っちゃったら?」


「そこんとかぁ大丈夫だ。

 賊三人の身元を押さえ、指紋や髪の毛やら個人特定ができるもんをさっき採っといた。

 もしフルガに書がある事が国際的にばれたら、奴等が今日やった事もばらすぞってぇおど、念をおしといた。てぇ訳で、今日のこたぁ他言無用だぜ」

 そう言うと、笠間はいつもの様ににやりと笑った。


「はい」

 直也は頷きながら言った。

 そしてずっと気になっていた自分が守った本の行方を、続けて笠間に聞いた。


「ああ、そりゃあ御犬ん家の書庫に入る事になったぜ。もともとあれは御犬恭子のために書かれた本だからな」

 笠間はあっさりそう教えてくれた。


 校長の話しが終わると、それまでずっと不安気に隣の病室の方を向いていたカイルが、直也の前に立った。


「メイワクをカけて、モウしワケございません」

 そう言うと、カイルは指を組んでひざまずき、ルッサ式土下座をした。

 いつもの人を小馬鹿にした様な顔の代わりに、騎士が忠誠を誓う様な真剣な顔をしていた。

「そして、ありがとうございます。このごオンはカナラずカエします」


 直也は、いつもと違うカイルの態度に照れ、戸惑いながら言った。

「俺達、友達だろ! 友達を助けるのは当たり前だよ!」


 そう言うと直也は、カイルの腕を引っ張り、立たせた。


「そうですね。トモダチのテイギそのイチ、は『トモダチはタスけアう』でした」

 カイルは少しはにかみ赤くなりながらも、宣言する様にはっきりと言った。

「ナオヤはボクのトモダチです。いつでもカナラずタスけます」


 直也はカイルの臭い台詞に少し赤くなり、両目がじわりと熱くなる程感動した。


 そんな直也とカイルの様子を、春雪が何か言いた気にちらちらと見ていた。


 それにふと気付いた直也も赤くなった顔のまま、春雪をじっと見詰めた。

 その心配そうで優し気な眼差しと、左手を守り包む様な小手を。


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