9-5


〈お前等、俺の生徒達に何してんの?〉

 御犬は、口調はひょうひょうとしているものの、いつもとは比べものにならない、野生の大型肉食獣をも退かせる様な迫力で言った。


 三人の賊は春雪と御犬の出現に距離を開け、立ち尽くしている。


〈……理由は後からゆっくり聞出してやる〉

 御犬はちらりと春雪に目配せをし言った。

「左」


 春雪は軽くうなずくと、直也に向かって長刀の方を差し出し、柄を握らせた。

 長刀は直也が想像していたよりもずっと重く、冷たい光を放っていた。


〈大丈夫だ、そう硬くなるな〉

 そうエスラペント語で言うと微笑み、カイルのススキの様な頭をわさりとかき混ぜた。

〈丸腰だと危ないから、彼の後ろにいなさい〉

 春雪はそう言うと直也を見た。


 一方三人の賊は小声で話し合っていた。


〈隊長、オイヌに春雪です! なんでこんな奴等が〉

 メイスを持った男が言った。


〈落ち着け。誰が相手でも任務続行だ。……サー、あなたは春雪を〉

 サーベル使いはフード男を見て言った。

 そしてメイス使いの方を向いた。

〈お前は子ども等を、私はオイヌをやる〉


〈ここはいったん引くべきだ〉

 サーと呼ばれたフード男が言った。


〈いえ、命令は絶対です! ここで退いたらウラージオイヌの書奪還はもう無理でしょう〉


「ルッサか……」

 御犬は目を細め呟いた。


 サーベル使いは御犬を憎々しげに一睨みすると、構えもなく駆け出し向かって行った。


 ほぼ同時に、御犬は地を蹴った。

 それを合図に、一瞬で場が動いた。


 サーベル使いは、御犬が向かって来るのを確認すると方向を変え、本棚が並ぶ通路に入り込んだ。


 メイス使いは目の前の子ども相手に幾分ほっとしたのか、勢い込みメイスを振り上げ直也に向かって行った。


 それと同時に、フード男も春雪に向かって行った。


 春雪も壁から距離を空けるためか、脇差を抜きフード男の方に飛び出した。


 ギンッギンッという刃物がぶつかり合う音が図書館に満ちた。


 直也は春雪の長刀でメイスを防いでいた。

 しかし男は、続いて上段からメイスを振り下した。直也は顔に付くぎりぎりの近さで、メイスを長刀で防いだ。二振りの武器の間から火花が散った。


 男は、さらに直也の脇腹をその先の尖ったメイスで突き刺そうと狙った。


 直也は自分でも驚くほど冷静だった。

 初めて真剣を使うにも、それでいきなり戦わなくてはならないにも関わらず。


 左脇腹に切っ先が食い込むかという瞬間、それを体に沿う様に立てた刀で防いだ。


 逆に、子どもの低い背にバランスをいくぶん崩したメイス使いに一撃を与え様としたが、自分が持っているのが真剣だと思うと振り下ろせなかった。


「峰を向けて握れ!」

 春雪が十歩ほど離れた所から、フード男と間合いを取りつつ直也に叫んだ。


 何度かのフード男との組合で春雪とフード男の位置が逆になり、春雪が直也とカイルに向かい合う様に、フード男が背を向ける様に立っていた。


 フード男もメイス使いの方が気になるのか、フードの下でメイス使いをうかがっている様だ。


 メイス使いは一瞬笑う様に顔を歪ませると、またしても直也に突進して行った。


 それと同時に春雪もフード男と再び組み合った。


 直也は刀を返す手を一瞬もたつかせた。

 メイス使いの一撃目を辛うじて刀で防ぐ事はできたが、次を防ぐ事はできなかった。

 その攻撃は直也の腹への蹴りで、足に刃を向けるのをためらってしまったのだ。 


 踏ん張り切れず後ろに倒れる直也を尻目に笑いながら、メイス使いは半眼になってツララを出すべく集中していたカイルにメイスを振り上げた。


 蛍光灯の熱を感じさせない光を反射し、メイスの切っ先が冷たく光る。


 次の瞬間、先ほどまで春雪と組み合っていたフード男が、カイルの目前にいた。


 胸に、振り下ろされたメイスを生やして。

 フード男がカイルを庇ったのだ。

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