9-4
一瞬直也は謝られた意味が分からなかったが、手の中の本を見て理解した。追手は本を持った直也を追うと思ったのだろう。
直也は一瞬裏切られたと思ったが、すぐにそれを打ち消した。
(カイルが一人逃げ様とする訳ない! 何か考えがあるんだ)
そう思い、直也は逃げる事だけに集中した。
案の定不審者達はナオヤを追って来た。
ナオヤは本棚の林を縫う様に滅茶苦茶に走り回った。
何度か追手が通路の向う側に見えると方向転換をし、それとは反対側に逃げた。
知らぬ間に直也を追う足音が増え、見るとフードを被った長身の人物も直也を追いはじめていた。
図書館にはばたばたと人が走り回る音だけが響き渡る。
直也は十分ほど全力で走り回ったが、とうとうサーベルを持った男と銃持った男に本棚の間の前方と後方から挟み込まれてしまった。
「さあ、諦めて本を渡せ!」
荒い息で右手に持ったサーベルをちらつかせながら片方が言った。
「そうすれば命は助けてやる」
後方の男が銃口を直也に向けながらフルガ語で言った。
見せ付けるかの様に銃がゆらゆらと揺れる。
じりじりと二人が距離を縮める。直也との距離はあと十メートルもない。
直也は本を抱え直した。
この状況でもう本を渡すしか選択の余地はなかったが、
(カイルの大切な本を賊になんか渡せない!)
そう思ったのだ。
「本のために死にたいのか!」
後方の男が引金に指をかけた。
「ナオヤはサーベルを!」
声のした方を見ると、カイルが手に分厚い百科辞典を持ち、飛び上がっていた。
そして次の瞬間、バンッと音をたて、銃使いの頭にそれを打ち付けていた。
「ナオヤ!」
カイルの言葉で反対を向くと、サーベル使いがナオヤに向かって突進していた。
ナオヤは慌てて反対側、頭を抱え片膝を着く様に崩れ落ちた銃使いの側に走り出した。
男は直也を見、慌てて銃を撃った。
何発もの銃声が響いたが、弾丸は直也ではなくその側の本棚を打ち砕いた。
弾が切れたのと、カイルが再び本を振り下ろすのは同時だった。
銃を持った男は気を失ったのか、崩れ落ち床にだらんと伸びた。
直也はとっさに床に落ちた銃を拾い上げ、伸びた男を踏み越えると、百科辞典を捨てたカイルと共に、サーベル使いから逃げた。
「ナオヤ、もうスコしです。そうしたら、トモキがキます」
直也はカイルの横顔を見ながら、走り過ぎではっはっと短く息をし汗を飛ばしつつ懸命に走る。
「ケイタイでレンラクしました。もうスコしです」
直也がほっとした瞬間、直也とカイルはフードで顔を隠した男にぶち当たった。
フード男が急に通路脇から手を広げ、進路を塞ぐ様に出て来たのだ。
直也とカイルは走って来た勢いそのままにぶつかり、尻餅をついていた。
それなのに男は後へよろける事すらなく、根が生えた様に立っている。
〈サー、ウラージの本です!〉
サーベル使いがルッサ語で叫んだ。
フード男は直也に手を伸ばし、本を奪おうとした。
しかし、それは叶わなかった。
カイルはその手を思いっきり蹴ると、すかさず直也の手を取り引き起こした。
「こちらです」
そういうとカイルはまた走り出した。
「カイル、氷、出せないの?」
直也ははあはあ荒い息の合間、弾切れの銃を本棚の隙間に投げ込みながら言った。
「あれは、すっごく、キモチが、シュウチュウしていないと、デないのです」
カイルも息を乱しながら言った。
「ハシり、ながらは、ムリです」
後方からはフード男とサーベル使いが重い足音をたてながら二手に分かれ追い詰めるかの様に向かって来る。
二人の脇を時折細い投げナイフが飛ぶ。
そしていつのまにか、気が付いた元銃使いが加わっていた。今は金属製の、先の尖った杖の様なメイスを手にしている。
二人はとうとう退路を絶たれ、図書館一階の隅に追い詰められてしまった。
「まったくっ、時間の無駄です」
サーベル使いが肩で息をしながら言った。
「どうせ死ぬのだから、安らかに死ねばいいものを」
そう言うとサーベル使いは徐に近付き、直也に向ってサーベルを振り上げた。
蛍光灯の光を浴び、サーベルが銀に閃く。
(逃げなきゃ、どうにかしなきゃ!)
直也は思ったが、壁を背に武器もなく、どうする事もできなかった。
(武器……)
そう思ったところで手に握られていた本の事を思い出した。
(これだ!)
その瞬間、サーベルが振り下ろされ、直也は恐怖に目をつぶりながらもそれを本で防ごうとした。
直也はサーベルの衝撃を予想したが、それはやって来なかった。
ギンッ!
その代り、金属が激しくぶつかり合う音が辺りに響いた。
そろそろと直也が目を開けると、目の前には何時の間に来たのか、春雪が立っていた。
テレビで見るのと同じ仲裁試合に出る様な格好で、手にはフルガの長刀、腰には脇差を下げ、持った刀でサーベルを弾き返した様だ。
〈大丈夫か?〉
春雪はエスラペント語で直也を覗き込む様に言った。
驚き呆然としたが、カイルの目の前に御犬がいるのを見てさらに驚いた。
御犬はいつもの御犬流の服を身に着け、クナイを両手に構えながら賊を見据えた。
〈お前等、俺の生徒達に何してんの?〉
口調はひょうひょうとしているものの、いつもとは比べものにならない、野生の大型肉食獣をも退かせる様な迫力で御犬は言った。
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