9-2


「一体どこまで知っているんだ?」


 一瞬焦りでパニックになったが、直也はここで前キリウに言われた事を思い出した。

 『焦っちゃだめだ。焦る必要ないんだ』口まで出かかった言葉を空気と一緒に飲み込みながら直也は言った。


「どこまでって、俺、兄ちゃんがⅠ種資格に最近受かった、でも面倒臭いから友達にしかその事言ってないって君嶋先生から聞いたけど」

 直也は多少無理してできるだけ朗らかに言った。

「他に何かあるの?」


 キリウは様子を探る様に直也を見ていたが、意地で不自然にもにこにこしていた直也に、諦めた様に溜息を吐いた。


「……別にないよ。そう、面倒臭いからⅠ種受かっていた事内緒にしていたんだよ。ごめんな」

 どこかやけっぱちにキリウは言った。


 引き下がった様なキリウに、直也は畳みかける様に言った。

「そんな手じゃ試合になんかなんないよ! Ⅰ種でもⅢ種でも。出るの止めてよ!」


 直也はここでキミドリが言っていた「甘えて」という言葉を思い出し、どうしたらいいかよく分からなかったが取り敢えず上目遣いでキリウを見て「ね~、兄ちゃん」と付け加えてみた。


 キリウは眉をハの字に寄せ腕を組みしばらく考えている様だった。


「君嶋先生も止めてって言ってたよ」

 直也はさらに付け加えた。


「君嶋の差金か……」

 キリウは溜息を吐き、肩を落として言った。

「まったく、あのおせっかいめ」

 そう言いながらもキリウは柔らかく笑って言った。

「分かったよ。手が治らない限りは出ないよ」


 それを聞いて直也はすっかり安心して、詰めていた息を吐き出した。

「絶対だよ! 約束だかんね!」


「ああ、約束だ」

 そう言うとキリウは箸を取り、重い雰囲気を拭う様に明るく続けた。


「さあ、食べちゃおうぜ。食後に新作大福が待ってるからな」

 二人は何事もなかったかの様に、箸と口を忙しく動かし食事を続けた。



 キリウとの夕食後、直也は帰省のため荷造りをするため寮に戻っていた。


 院には明日乗る電車の時間まで言ってあるので、忘れ物で遅れたりしてみんなをがっかりさせたくない。

 だから直也は念入りに荷物を詰めた。



 あらかた荷造りも終わり、草野が帰省して一人になった部屋でごろごろしながらカイルから頼まれた『ウラージオイヌ』の漢字を考えていた。


(ウラージオイヌ……オイヌは御犬でいいよな。

 ウラージ、ウラージ……やっぱウラとジで分けるのがいいかな。

 裏地、これじゃあ服みたいだよな……。

 ウラ……裏、浦、占……あんま知んないや。

 じゃジ。字、地、時、次、痔……こんなん面白いけど後でカイルが意味知ったらツララで刺されちゃうよな。ジはたくさんあるな。

 それとも何かウラジって言葉、辞書に載ってないかな)


 そう思い当たり、直也は机の上のフルガ語辞典を引いた。


(裏地……浦路! これいいんじゃん? 何か普通にありそうな名字だし)


 ここで直也ははたと思い当たった。最近こんな名字をどこかで見た様な気がした。


(でもどこだったけ……何回か見た気がするけど……?)


 色々記憶をたどってみたが思い出せず、直也は部屋をごろごろと転がりだした。


 しばらくして転がり過ぎて気持ち悪くなった直也は腕を枕に仰向けになって天井を見た。


(あっ……この部屋で、こんな格好で見た気がする!)


 その格好のまま記憶をたどったが届きそうで届かないちらっとした記憶が頭の中を走るものの、どうもはっきりしない。


「あー、すっごく気になる!」

 直也は声に出し、がばっと起き上がった。


 と同時に、頭の中で全ての記憶がものすごい勢いで一つに集まった。


「すっごく楽しいルッサ語!」


(浦路雅敏――ウラジ・ガビン、ウラージ・ギャビン!)

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