8-4

 一方、そんな直也達調停戦手の痛ましい打ち合い、殴り合いを前に、観戦席でも小声の諍いが起こっていた。


 ミツの父親が苦虫を噛み潰した様に近くにいた仲養学校関係者、キリウに言った。

「なんであんな小さな子が出てるんだ! ミツより小さいんじゃないか?!」

 視線の先に直也を置きながら父親が言った。

「あんな小さな子にまでこんな暴力的な事をさせるのか!」


 ミツの母親もとがめる様な口調で言った。

「わたしもあんな小さな子だと知っていたら決して選びませんでした」


 舞台の上では、直也がまた殴られうずくまっていた。


 直也がうずくまる姿を見た後、キリウは父親と母親の目を見て眼光を一瞬鋭くさせると、すぐに諦めた様に溜息を吐いた。


「まず言っておきたいのは、これが、あなた方が望んだ事だという事です。これが調停試合を行うという事なのです」

 穏やかな、しかし底に冷たさを漂わせた声でキリウは言った。


 二人はキリウに押されてか、自分達がした事の意味にようやく気付いてか、ひゅっと小さく息を飲んだ。


 二人の間にいるミツは、まるで自分が痛みを受けているかの様に顔を歪ませ、体を小刻みに震わせている。


「次に、調停戦手に年齢の大小も体の大小も関係ないという事です。彼等は仲裁師になる事を自ら選び、その一歩として希望してこの調停に参加しているのです。これがあの子達の望んでいる道なんです」


 ばちっと大きな音がし、舞台では小堤が六尺棒になぎ払われる様に倒されていた。


 小さく悲鳴の様な音を喉の奥から出すと、耐え切れない様に涙声でミツが叫んだ。

「もうやめて! やめさせて下さい!」


「今、それはできない。まだ誰も降参と言っていないし、相手を死亡させる等の違反も起きていない。それに……」

 キリウはここで言葉を区切ると、母親と父親を見、噛んで含める様に続けた。

「依頼者間の紛争が解決された訳でもない」


「お父さん、お母さん! もうこんな事やめさせて」

 ミツは二人を交互に見ながら、すがる様に言った。

「離婚、離婚するのなんかやめて! 今まで通りで何がいけないの!」


 そう言われても父親と母親はミツの目を避け、押し黙っていた。


「何で! 何で駄目なの! 離婚だって今まで通りだって変わらないじゃない!」


「……ミツゥ。あんま言って困らせんなぁ」

 母親を超えて、ミツの肩を祖父の岡本が優しく握った。

「おめぇが父ちゃんか母ちゃんどっちか選びゃあ、こんな試合も終わるこっちゃないんか?」


「おじいちゃん………」


「お二人はそれに異存ありませんか?」

 キリウが確認を取る様に言った。


 ミツの両親は小さいながらも「はい」と答えると、そろってミツに注目した。


 無言の圧力がかけられる中、追い詰められた様な顔でミツは舞台に目をやった。


 舞台ではふらふらになった直也がなおも竹刀を握り締め、構えもままならぬまま相手戦手に向かって行く所だった。


「わたしは……」

 ミツは祖父を見た。

「わたしは……」

 そしてキリウを見詰めた。


 キリウが先を促す様に首を縦に振った。


「……わたしは、母を選びます!」


 そうミツが叫ぶ様に宣言するのと、直也が思いきり殴り倒されるのはほぼ同時だった。


 直也は殴られるほんの少し前、ミツが母親を選ぶと言ったのを聞いた様な気がした。


 そして受身もできないまま地に崩れ、うっすらと笑みを浮かべた。


 意識が薄れていく中で『ミッちゃん、ここにいる事を選んでくれたんだ』そう思いながら。

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