8-3


 ミツは直也が調停に出るとは今日まで知らなかったらしく、ついさっき舞台の上に直也がいるのを見付けると息を大きく飲んだ様に一瞬固まり、手で口を覆った。


 そして左の母親の方を向くと、手を母の腕に添え、訴えかける様に何か囁いたが、それは小声過ぎて直也には聞こえなかった。

 母親はミツに何か言うと、直也とキリウに黙って頭を下げた。

 それに合わせるかの様に母の隣に座った岡本も直也に頭を下げた。


 席に座っていた審判が立ち上がり、今回の調停目的を述べた。


 目的はミツの親権を決めるため、それぞれの代表である戦手側が勝利した方が親権を得る事。


 そして次に調停試合のルールを述べた。

「一つ、一人でも降参した者がいた側を負けとする、

 一つ、刃物や銃器など致命的な武器や術を用いてはならない、

 一つ、舞台から落ちた者がいた場合、その側を負けとする、

 一つ、試合中に依頼者の紛争が解決された場合、速やかに試合を停止する事、

 一つ、戦手以外の者に危害を加えてはならない」


 しばらく間を取ると、

「以上の事に異論がある者は速やかに名乗り出てください」

 審判は厳かな口調で続けた。

「では承諾を得たと見なします」

 審判はいったん言葉を切り、息を溜め言った。

「調停始め!」


 それを合図に、直也は竹刀を右上段に構え真ん前の戦手目掛けて駆け込んで行った。

 がしかし、目掛けた戦手が直也の間合いに入る前、突然左脇腹を思いっきり殴られた。


 目の前の戦手しか目に入っていなかった直也は一瞬息が吸えなくなる程の熱い痛みを感じながらそちらの方を見ると、六尺棒がまた襲ってきた。


 ぎりぎりでそれを竹刀で防いだが、その時すでに目の前にボクサー戦手が立っていた。


そして棒を防ぐため防御が空いてしまった右腹に、ボクサー戦手は思いっきり拳を撃ち込んだ。


 直也は衝撃と痛みで後退り、倒れるのを防ぐ様に膝に左手を当て、焼ける様に痛む右腹に自然と右手を添えた。


 一方、一番左端にいるカイルは合図があった後もその場を動かなかった。

 それとは逆にカイルに対するボクサー型戦手はすぐに走り込んで来た。


 その戦手が走り出した瞬間カイルは肩越しに右手にかけていた忍刀から手を離す   

と、ベルトの様に巻いていた細い銀の鎖をいきなりジャッと引き抜いた。

 

 その先には細かい細工がなされた銀のバックルが錘の様に付いていた。

 カイルは鎖を引き抜くとバックルの付いてない方の端を左手で持ち、付いている方を右手で握ると、バックルをびゅんびゅん縦に回転させた。

 そしてバックルがただの円にしか見えなくなるほど勢いがつき、向かって来る戦手があと三メートル先という所でその戦手に向けて手首を振り返し、それを放った。


 鎖は音を立て真っ直ぐ伸び、五分刈りボクサー戦手の右太腿に絡み付くと、次の瞬間その戦手は尻餅をついていた。

 カイルが鎖を引き、その戦手のバランスを崩したのだ。

 尻餅と同時に、カイルはまだ何が起こったのか分からず呆然としている戦手の元へ飛び、体を支えるため地に付けられていた両腕を肘の辺りでまだ絡み付いていた鎖でぐるぐる巻きにし、最後に鎖の両端をバックルでばちんと繋ぎ留めた。


 その間カイルが鎖を解いてからわずか十秒も経っておらず、五分刈りの戦手は実力を十分に発揮せぬまま動けなくされてしまった。


 カイルが一人の戦手を縛り終えたのとほぼ同時に、下大野とその相手、木刀対木刀の決着も付いていた。

 相手の刀を腹部に受け、下大野は吐きながら這いつくばっていた。


 カイルと、下大野を倒した木刀使いはほぼ同時に二メートルほどの距離にいるお互いを見やり、次の瞬間カイルは背の忍刀を模した竹光を、相手は木刀を振り下ろした。


 戻って直也の方はというと、腹を押さえていた所をまた六尺棒で打たれそうになったが、済んでのところ味方小堤のヌンチャクによってそれは防がれた。


 棒術使いはそれにより標的を小堤へと変え、六尺棒と二組のヌンチャクの激しい打ち合いが始まった。


 直也の目前の長髪のボクサー戦手は直也をバカにしたように余裕で、直也が竹刀を握り膝から手を離し上体を戻すのを待っていた。

 そんな相手に腹が立った直也だが、直也が立つと相手はまるで軽いサンドバッグの様にまた直也の腹を殴り付けた。

 直也はよろけて片膝を地に着けた。


しかし『絶対に負けられない! 負けたらミッちゃんとは会えなくなっちゃうんだ』直也はそれだけを思い、体の痛みを押し切る様にまた立ち上がった。


 それから試合はなかなか決まらず、びしっ、ばしっとぶつかり合う音が響く、混戦となって来た。

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