8-2

 直也がミツの調停に出場申込書を提出してから三日後、直也のもとに調停委員会から正式に出場依頼書が届いた。ミツの母親からの依頼だ。


 依頼書を読むと、調停は四対四の標準調停試合と書いてあった。

 仲裁試合ではⅢ種であっても刃物、火器銃器や致命的な術の使用可能なのに対し、標準調停試合ではそれら致命的な武器が使えない事になっている。


 直也は真剣をまったく使った事がなかったので、少し安心した。

 木刀にもいまいち慣れていなかったので、使い慣れた竹刀で調停に挑もうと思った。

 一週間後の試合前に、母親側に出場する戦手で練習があると場所と時間が書いてあった。


 直也はミツには調停に出場するとは伝えなかった。

 ミツが両親のどちらも選べずふっくらしていた頬がやつれるほど悩んでいるのを見た直也は、自分がミツの母親につくのはミツのためなんかじゃなく完全に自分のためだと分かっていた。

 なので直也がミツのために戦うと思わせ、余計な心配をかけたくなかったのだ。


 直也はキリウに調停に出る事が決まったと報告した。

 

 キリウは眉をハの字にし「無理はするなよ」と心配そうに言った。


 語学交流のある日、カイルにも調停の話しをしたところ驚いた様に言った。

「ボクもそれにシュツジョウします。ハハオヤガワです」


 直也も驚いた。

 カイルと味方同士で戦う事になるとは思ってもみなかったのだ。


 カイルは強くなるには実戦が一番だと調停に応募したらしい。


 直也が驚き黙っているのをどう採ったのか、カイルは恥ずかしげに顔を伏せ、小さな声で言った。

「ダイジョブです。ツララはチカってダしません。シンリョクはツかいません」


 直也は『そんな事言いたかったんじゃないけどなぁ』とも思ったが、少しほっとした。


「ところで、カイルなんかいい事あったん?」

 その日カイルがやけに機嫌がいいのを見て、直也は言った。


 本を読んでいる途中途中、抑えきれない様に思い出し笑いをしていたのだ。


 カイルは一瞬きょとんとしたが、表情を変えずに赤くなって言った。

「トクベツによい事ではありません。チチがジュギョウサンカンにコられるのです。七月の」


「ふーん。よかったね」

 大して興味無さそうに直也は言った。


 直也にとって授業参加なんて、自分が親に愛されていない事を見せ付けられる様な場でしかないのだ。



 セミの大合唱が遠くから聞こえる地下調停場の舞台、直也はミツの両親の調停のためそこに立っていた。


 四角い箱の様な地下調停場は、一列に並んだ観客席の他には、試合を行う正方形の舞台と審判用の机付きの席があるだけの簡素な作りとなっていた。


 舞台の上には、ここ一週間調停戦に向けて一緒に練習してきたミツの母親側の仲間と、ミツの父親側の戦手四人が立っていた。


 母親側は、御犬と同じ戦闘服を身に付け背中に短めの刀、忍刀を背負ったカイル、三年生でヌンチャクを持ったカンフー使いの小堤こづつみ、こちらも三年で木刀を持った直也と同じ剣術部に所属する下大野しもおおの、そして防具抜きの剣道着に竹刀を持った直也といった面々だった。

 ミツの母親は筋術系の生徒ばかりを戦手として選んだ様だ。


 一方の父親側も、筋術系生徒ばかり選んだ様で、服こそ仲養学校の体育着でも、ボクシングの動きをする長髪と五分刈りの二人に、道着と袴を着ている戦手二人といった面々だ。

 道着の生徒は木刀を、袴の生徒は先に白い布を被せた六尺棒を持っている。


 舞台の外の観客席には、調停依頼者であるミツの父と母がミツを挟んで微妙な距離を置いて座り、母親の逆隣に岡本屋の主人が座っていた。


 その前を生徒が暴走した時の備えとして依頼者を守る様に、キリウと、直也は名前を忘れてしまったが仲養学校の教師が立っていた。


 もう一人の警備役の教師は観客席とは反対側、調停場唯一の出入口側に立ち警備していた。


 そして審判の脇には、カイルと同じ型の服を身にまとった御犬が立っていた。


 直也は調停試合の警備という『至宝』にとって地味な仕事に御犬が就いている事にはじめ驚いたが、カイルのツララ事件の後に聞いた御犬はカイルの叔父さんみたいなもんだという言葉を思いだし納得した。


(きっと御犬先生はカイルが心配で自分からこの役をかってでたんだろうな。キリウ兄ちゃんがそうしたみたいに)


 今回の調停に参謀はおらず、陣形や作戦は練習時に戦手達自身で決めていた。


 直也達母親側は全員が筋術近距離型戦手で前衛後衛と別れる意味がなかったため『一文字』という言葉の通り横一列に真っ直ぐ並ぶ陣形を採った。

 一番右を竹刀の直也、次にヌンチャク小堤、その次に木刀の下大野、一番左を忍術のカイルという配置だ。そして一番近くの敵側戦手を攻撃するという、戦略とも言えない様な計画を立てていた。


 一方ミツの父親側戦手は、『への字』と言う、これまた文字通りへの字を描く様な陣形を採っていた。


 つまり、直也達側から見て一番右、直也の前に左の戦手から三歩ほど引いた様に立つ長髪のボクサータイプの戦手、その左隣にへの字の一番高い点となる様に六尺棒を持った戦手、その戦手から一歩引いた所にいる木刀を持った戦手、そして一番左、カイルの前にもっとも下がった位置に五分刈りのボクサータイプの戦手と言った配置だ。


 直也は緊張して堅くなりながら、組み合うべき目の前の戦手を見た。ボクサータイプのその戦手は直也よりずっと大きく、三年生以上に見えた。

 直也は体格差に圧倒されながらも、観客席のミツを見て自分を奮い立たせた。『負けたらミッちゃんがメルローに行っちゃうんだ』そう思いながら。

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