7-4
一滴の涙がドナートの顔に落ち、流れていった。
まるでそれが合図でもあったかの様にハンナは急に立ち上がり、刀を握り締めながらキリウを見据えた。怒りで優しげな造りの顔が歪み、噛み締められた唇からは血が滲んだ。
しかし、その心力は迷いに満ちていた。抑えられたかと思えば一気に膨れ上がり、かと思えばまた抑えつけられた。
目をつむり眉を歪め、ハンナは刀の柄を握り直した。
キリウは蝋人形にでもなったかの様にぴくりとも動かず、ハンナの審判を待っている。
気が揺れる。
キリウとドナートを交互に見やり、柄を握り直し、また交互に見やり柄を握り直し、そんな事を何度繰り返しただろう。
最後にドナートを見やり気が大きく膨れると、柄を握り直し、ハンナはキリウの腹と胸の中間辺り――キリウがドナートを刺したのと同じ所――に刀を突き刺した。
それがハンナの答えだった。
刀を、ハンナを見詰めながら、キリウは悲しみとも安堵とも採れる諦めの表情と共にゆっくり目を閉じた。
その時になってようやくわたしは自分の役割を思い出し、叫んだ。
「遊馬! キリウを!」
わたしが叫ぶのと同時に、青いフードを被ったままの遊馬らしき戦手がキリウに向かっていた。
ハンナは急に憑き物が落ちた様に、キリウからその血の滴る刀を抜いた。
キリウが崩れる直前、遊馬が受け止め、ゆっくりと地に寝かせた。
心臓の鼓動に合わせてか、血液が一定のリズムで溢れ出る。
遊馬ははめていた両の白手袋を脱ぎ、キリウの傷口に素手で二本指を入れた。
わたしも走り寄ると、まず呆然と刀を持ったまま涙を流すハンナから刀を奪い、喉元に刃先を当てた。
〈審判! 仲裁はフルガの勝利で終わったはずです!〉
審判もやっと自分が何のためにその場にいるのかを思い出し、試合終了の宣言をし、ハンナの降参後の攻撃は違反でありそれに対する処罰は後ほど通達すると言った。
ハンナはわたしを見る事なく他の警備に当たっていた仲裁師に取り押さえられ、その場を後にした。
キリウはその間もどんどん顔色をなくし、硬く目をつむったまま。
ぴくりともしないのはきっと気を失っているせい、血が噴出さなくなったのは遊馬が傷口を塞いだせい。
そう自分に言い聞かせ、不吉な考えを振り払おうとした。
キリウの徐々に冷たくなっていく手を握り締め、遊馬の力をひたすら信じようとした。
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