7-2

(直也君に何と話したらいいのかしら……)


 すっかり暗くなった教官室の中、電気も付けずに君嶋は一人考えていた。


 キリウと知り合ったのはまだ仲養学校の準学士過程時代四年生、笠間を通してだった。


 まだ三年生だったくせに、笠間はもう仲養学校戦術部員として何度か実際の調停試合の参謀役を務めていた。


 調停試合とは、仲裁試合の結果が即法的拘束力を持つのとは異なり、その結果は双方の受け入れがなければ法的拘束力を持たない。


 調停試合は民事案件にだけ用いられ、これは仲養学校生にとっては仲裁試合を行うための練習として用いられる。


 そんな笠間のお気に入りの調停戦手せんしゅが、やはり同じく三年にいたキリウだった。


 二人は一年で同じクラスになって以来の友達らしく、参謀とその駒にしては珍しくお互い壁がなく、よく二人で訳の分からないふざけた事を言っていた。


 わたしの初調停試合の参謀が笠間で、それからしばらくして他の笠間が指揮する調停試合で一緒に組む事になった戦手の中にキリウがいたのだ。


 笠間とわたしはお互いさっぱりした物言いを好むせいか、割と気が合った。


 笠間とキリウは、人生斜に構えた笠間が同年代の生徒から煙たがれるのに対して、それに気付かないのか気にならないのか、のんびりしたキリウがそれを受け流すという、お互い理解できているのか怪しい組み合わせだったが、何故かとても馬が合っている様だった。


 そんなキリウを変えたのは、ハンナだった。


 二人は見ていて本当に微笑ましい恋人同士だった。

 わたしがキリウと出会ったばかりの頃、キリウは不自然なほど両親について話さなかった。

 その代りか、同じ青草院に住む子達の事をまるで兄弟姉妹の様に話していた。


 何かの拍子に恋話しになった時、「俺はきっとそういう意味では誰も好きになれない」とあっさり軽く予言の様に言い、肩を竦めたキリウ。


 そんなキリウだったが、四年次で留学生のハンナと同じフルガ剣術科になってからがらりと変わった。


 その時同じ四年次で戦術科にいた笠間、五年次で物理魔術科にいたわたし、同じく五年次の特殊能力科にいた遊馬、うちら三人はキリウから、いかにハンナが優しくて笑うか、ハンナとキリウがその日どんな事を――始めのうちそれがただの挨拶だったが――話したか逐一聞かされるはめになった。


 うちらはそれを聞く度にキリウが前言った「誰も好きになれない」発言を茶化した。


 茶化しながらもキリウに好きな子ができた事をとても喜んだ。

 キリウは周りから『幸せになって欲しい』そう思われる様な子なのだ。


 ハンナに恋人がいると知った時は大変だった。

 鼻水まで垂らし泣きながら「でも好きなんだ、でも好きなんだ」と繰り返した。


 キリウの話によると、なんでもハンナの恋人、ドナートはトレリア仲養学校の学生で、昔からの友人でもあり、ハンナがフルガに来る直前に付き合い出したらしい。


 それでもキリウはめげずにハンナを思い続け、誰から見ても分かるあからさまな好意を示し、とうとうハンナと付き合う事に成功した。


 ハンナはキリウの一途な飾らぬ好意にほだされたのか、ドナートとは別れ、キリウと付き合う事にうなずいてくれたらしい。


 キリウから聞出した話だけれど、詳しくは照れた様に笑って話してくれなかった。けち。


 二人が一緒にいるのを見るのがわたしは大好きだった。


 それまでのんびりしながらもどこか壁というか膜の様な一種引いた様な所があったキリウだけど、ハンナの前ではまったくの無防備、気持ちをそのままさらけ出している様に見えた。

 ハンナもそんなキリウに偶に呆れた様に笑いながらも、おおむね感慨深げに柔らかく、花がほころぶ様に微笑んでいた。


 二人の付き合いは四年次から始まり、ハンナが五年次で卒業し母国トレリアに帰ってからも続いていたらしい。


 ハンナが国へ帰った後、キリウにハンナとの関係を聞くと、キリウは何の心配もなさそうに、完全にハンナを信じているかの様に言い切った。


「ハンナはトレリアでの年季が明けたらフルガに戻って来るよ」


「それってハンナと婚約したって事?」

 そう聞くと、キリウは真っ赤になって言った。


「……いや、そこまで約束した訳じゃないけど……」

 もごもごと言いよどみ、それ以上は教えてくれなかった。


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