6-2

 ツララが、上級生目掛けて放たれた。


 それと同時に、キリウが全速力で走り寄りながら、野球選手の捕球の様に、その生徒を庇う様に横っ飛びをした。


 直也はただ見ている事しかできなかった。

 まるでスローモーションの様に、骨を折る音をたてながら放たれたツララがキリウの左手に食い込んでいくのを。


 そして一瞬遅れて左手の甲と掌からまるで赤い花弁が散る様に血が吹き出るのを。


 そんな無音の長い一瞬は、次のずんっという音で本来の流れを取り戻した。


 音はキリウが地にこすれる様に落ちた時もので、その衝撃で刺さったままのツララは左手を境に折れ曲がっている。


「兄ちゃん!」

 直也はキリウから校内ではけじめをつけるため先生と呼べと言われている事を忘れ、そう叫びながら駆け寄った。


「ぐっ……」

 キリウは左半身を地に付け、体を丸め胸の前で左手首を右手で押さえ、一声うめいた。


 直也は左手の他にキリウにツララが刺さっていないか確認した。

 幸い他の数本はキリウにも他の誰に刺さるでもなく土の地面に食い込んでいた。


「……ナンで……」

 カイルが目の前の事に信じられないかの様に呆然と呟き、

「キリウ、センセイ…アイント……アイント…」

とルッサ語の様な言葉をおろおろ呟いた。


 そんな中、カイルに雑言を投げかけた上級生達は、リーダー格の生徒を除いて「うわっ」などと声をあげ散り去っていった。


「兄ちゃん立てる? 医務室行こう。それともお医者呼んで来る?」

 カイルの狼狽振りにかえって落ち着き、直也が言った。


 目を強くつぶり痛みをやり過ごそうとしていたキリウが、直也の言葉に薄く目を開けた。


「……だい、じょう、ぶ、だ……すぐ、立てる、から……医務棟に……」

 そう言うキリウの両腕は震え、額には脂汗が浮かんでいる。

「それ、より……誰も、けがは、ないか……?」

 そう言うとキリウは口を歪め笑顔を作ろうとした。


「大丈夫だよ。カイルとそこの人! キリウ先生医務棟に運ぶから肩貸して!」

 直也の呼びかけに上級生が弾かれた様に動いた。


 カイルもばね仕掛けの様に動いたが、キリウに肩を貸す事なく、怯えた表情のまま校舎の裏側の方に駆け出してしまった。


「ナオ、カイルを追ってくれ!」

 キリウに言われ、直也はキリウを医務棟に連れて行くのが先だと思ったが「頼む」と汗の浮かぶ真剣な顔で言われ断れなかった。


 ゆっくりとキリウの左肩から抜け、上級生に向かって「お願いします!」と言い残し、直也も走り出した。


 カイルは素早かった。

 直也は校舎をぐるりと周り、校内を出たカイルを見失わない様にするので精一杯だった。


 キリウの命に別状がないと分かると、直也はカイルを追いかけながら頭も腹も怒りで煮え繰り返ってきた。


 カイルに言葉の暴力を振るった上級生に、キリウにけがを追わせその上逃げ出したカイルに、そして一番はキリウに対して。


(兄ちゃんはどんなに俺や院のみんなが心配しても笑って怪我するんだ、下手するとそれで死んじゃうかもしれないのに)

 

 直也は走りながら悔しくてこぼれる涙を体育着の袖で乱暴に拭いた。


(一度なんか、本当に死んじゃうんじゃないかってみんな物凄く心配したのに……)

 

 直也はその時の事を思い出すと、頭の中の開かずの間が光と共に開いた様な気がして一瞬足を止めた。

 

 その中に、ずっと懐かしい様な気がしていた君嶋を見付けたのだ。

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