4-3


 ピンク色だった桜がみずみずしい緑に変わった五月、直也は今まで環境の変化に着いて行くのが精一杯だったが、ようやく慣れ少しは余裕が出て来た様な気がした。


 部活は希望通り剣術部に入ったが、今のところ竹刀が木刀に変わって素振りをしているだけだ。ただし竹刀とは違い真剣の刃に当たる木刀の辺を意識して素振りをしている。


 部活の顧問は上級剣術の教師、副顧問はキリウとなっていたが直也はキリウを部活で見た事がなかった。それをキリウに聞くとただ役職を埋める為に名前だけ貸しているらしい。


 剣術部の部活中、直也はキリウの陰口を何度か耳にした。

 それは「やっとこ仲養卒業しただけのⅢ種仲裁師のくせに、よりによってフルガが誇る剣術を教える事ができるのか」とか、「教えられないから部活にこないんだ」とか、キリウがⅢ種仲裁師である事をあざける様なものだった。


 直也はそれを聞いてはらわたが煮え繰り返る思いがした。

 直也にとってキリウは遠い目標なのだ。

 それをよく知りもしない、組んだ事もない生徒が軽々と侮辱するのだ。


 しかし直也は何も言わずただ素振りを続けた。

(陰口叩いた奴等全員、正々堂々いつか試合でしこたま打ってやるっ!)

 そう心に誓って。



 カイルとの語学交流は完全に友好的な雰囲気とは言えないもののまだ続いていた。

直也は『すっごく楽しいルッサ語』でストゥピドゥの意味を探したが、その綴りが分からず座礁している。


「なぁ、ストゥピドゥってなんだよ」

 行き詰まって一度直也は聞いてみた。


「オシえません。なぜならそれは、おもしろくないからです」

 カイルは楽しそうににやりと笑った。

「あなたもスコしはコトバでクルしめばよいです」


「じゃさ、どんなつづりかだけでも教えてよ」

 直也はすっごく楽しいルッサ語の後ろの方にある単語索引を開き、カイルの目の前に突き出した。


 本を手に取るとカイルはぺらぺらページをめくり、言った。

「そのコトバはあります」

 カイルは本を閉じ直也に返した。

「サガしてください、ガンバって」

 またにやりと笑い言った。


 直也はむっとして勢いだけで言った。

「カイル! この本の作者、浦路さんだって書いてるよ、ルッサ人とフルガ人がもっと仲良くなるといいなーって。そのためにこの本があるんだって! そんな浦路さんの気持ちに報いたいと思わないのかよ!」


 そんな直也を、目を細くしてわずらわしそうに見詰め、カイルはあからさまに嘘と分かる様な態度で言った。

「ナオヤがナニイったのか、マッタクリカイできませんでした。それではせいぜいガンバってクダさい」


 直也とカイルの交流は毎回こんな感じで、信頼し合う友達というよりも、隙あらばからかおうとするちょっとしたライバルの様な関係だ。


 前より直也と打ち解けてきたカイルだが、クラスでは本ばかり読んで誰とも話そうとしないらしい。


 直也は、カイルのクラスメイトで直也のルームメイトの草野と、カイルの事を話した時の事を思い出した。


「なぁ直也、カイルってどんな奴だい?」


「なんで? 草野同じクラスだろ。俺より詳しいんじゃん?」


「なーんか近寄り難いんだねーそれが。俺らとはなんか姿形、造りから違うし、休み時間いっつも本読んでるし、話し掛ける隙もないし。なーんか下らない事言ったら鼻で笑われそうだし。カイルと同じ忍術部の奴なんか、部活でもそんな感じで先輩から目付けられてるって言ってたよ」


「んー、確かにどうしょもない事言うと鼻で笑うかも。で、呆れた目で見られるけど。まあ、それ程悪い奴じゃないと思うよ。真面目過ぎてかえって面白い奴だよ」


「……ふーん、明日話しかけてみるかなー。でもカイル、絶対話し掛けるなオーラ出してるよ。心力制御無しで」


「それは分かんないけど、慣れれば別に普通の奴だよ。話してみなよ」



 キリウの試食会以来、直也は三日とあけず部活や寮の門限が許す限り岡本屋へ通っていた。

 笹梅や草野を巻き込んで頻繁に通ったので、ミツとミツの祖父以外の岡本屋の店員さんにもすっかり顔を覚えられ、ちょっとした話しをするまでになった。

 ミツがいないかそわそわと店内を見渡す直也の様子を見て、店員さん達には直也の本当の来店目的を簡単に知られてしまった。


「直也君、本当に大福好きなのね」

 ある日、何も気付いてない笑顔でミツは言った。


「……うん。でもミッちゃんとこのなら何でも美味しいよ!」


「ありがとう」ミツは微笑んで言った。


 岡本屋からの帰り道、一緒にいた笹梅がにやにやして言った。

「直也、あのこ、ミッちゃん? の事好きなんだろ」


「えっ、そんなんじゃないよ!」

 直也は一瞬の内に真っ赤になり慌てて言った。


「へー、じゃあ俺も直也抜きで岡本屋通っちゃおっかな」

 笹梅は試す様に言った。


「だ、なんでだよ! 一緒にいこーよ」


「冗談だよ。あのこ俺のタイプじゃないし」


「なんで!」

 直也は今までの慌て具合を吹き飛ばす様な勢いで、半ば叫ぶ様に言った。

「あんな優しくってかわいいこ他にいないよ! 計算無しに百パーセント優しいんだよ! それにあの笑顔! 笹梅だって見てたじゃん。好みじゃないなんてどっかおかしいよ!」


「わ、分かったよ、つば飛ばすなって。確かにそう言われればかわいい様な気がしてきた」

 笹梅は手で壁を作り直也の方に向けながら言った。


 直也は物覚えの悪い犬がようやく芸を覚えた事を喜ぶ様に言った。

「そんなの宇宙の常識だよ!」


 ここで言葉を切り、直也はうっとり夢見る様に続けた。

「俺、思うんだけど、ミッちゃんのミツって天使ミッチェルのミツなんじゃないかなぁ?」


 笹梅は呆れた様に「直也……夢見すぎ」とこっそり呟いた。

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