4-2

「カラシ?」

 直也は呟き、誰の事か分からず答えを求めるかの様に担任である笠間を見た。


「あー俺のあだ名だ」

 笠間はうんざりした様にそう言った。


 御犬は肩を落したまま続けた。

「まさか自滅トリオの一人を励ます会だったとはねー」


「自虐トリオ!」とキミドリ。

「なんじゃそりゃ」と笠間。

 それに遊馬の「生徒の前でその言葉を使わないで頂きたい」という呟きが続く。


 直也とミツはぽかんとするばかりだ。


 キミドリは遊馬の言葉にはっとした様に、

「そうよ、そんな噂話、軽々しく口にしていいと思ってるの? 御犬共樹ともあろう人が!」

と馬鹿にした様に言った。


 御犬は直也を見て肩を竦め「はいはい、悪うござんした」と軽い口調で言った。


「直也、よく来たな」

 岡本屋の主人に続いて厨房から出て来たキリウが言った。

 岡本屋主人と同じ、真っ白な調理服を着ている。

 持った盆の上には湯気の立つきんつばがピラミッドの様に積まれていた。

 岡本屋主人の盆にはカウンターに入っていた大福がのっている。


「呼んだのは直也だけのはずなんだけどな」

 キリウが皿をテーブルに置きながら言った。


「あなたがここで修行していると岡本さんから聞いたのです」と遊馬。


「私達、キリウじゃなくておやっさんに招いてもらったのよ!」とキミドリ。


「御犬以外な」と笠間。


「いちいち感じ悪いねー」ひょうひょうと御犬。


「ですからキリウ、試食に付き合って差し上げる私達に感謝すべきなのですよ」と遊馬。


 キリウは苦笑して「感謝感激あめあられ」と、直也が聞いた事もない様な感謝の言葉を口にした。


 直也は湯気の立つきんつばを目の前にすぐに手を出しかけたが、何とか我慢してミツが戻って来るのを待った。


 小皿と茶を配り終えたミツが直也の目の前に座り一同席に着くと、キリウは真面目な顔で言った。

「では、試食お願いします」


 きんつばに真っ先に手を伸ばし、すぐに口に持っていった直也は、ミツのくすくす笑いを聞き、見られている事に気付いた。


「直也君、本当に和菓子好きなのねー」


 ミツにそう言われ直也は恥ずかしさでまた赤くなった。


 岡本さんの手前口には出さなかったが、出来立てで暖かいきんつばは直也が今まで食べた中で一番美味しい様な気がした。


 直也はミツを前に舞い上がり何を言っていいか分からず、ただ「美味しい、美味しい」ときんつばを頬張った。


 キリウの試食会は教師と岡本屋主人の間で騒がしく終わったが、直也はミツの事ばかり気になってどんな風に終わったのかよく覚えていなかった。

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