4. 岡本屋のミッちゃん

4-1

 仲養学校が始まり二週目の日曜日に、キリウと直也は約束通り岡本屋に行く事になった。


 キリウはやる事があるからと先に行き、直也は地図を見て後から行く事にした。


 当日、直也は持っている服の中で一番気に入っている服を着こみ、髪もいつもより念入りに梳かした。


 澄んだ空の下散った桜の花びらがカーペットの様に続く道を歩き、直也は世界中から歓迎を受けている様な気分になった。


 確認し過ぎで少しよれた地図を手にし、直也は仲養学校を出てから十分程街中を歩いた。

 細い裏道の様な道を更に五分程歩くと、年季の入った『岡本屋総本店』という看板が見えた。

 岡本屋の木製の建物も看板と同様年季が入っていたががっしりしており、後何十年でもこのまま時を重ねていけそうに見えた。二階建てで一階が甘味処を併設した店舗、二階が住居となっている様だ。


 ミツが手紙で書いていた通り、戸には『本日定休日』と札が下がっていたが、キリウは大丈夫だと言っていたので気にしなかった。


 直也は店へ入る前、一度髪を撫で付け、小さく咳払いをしてから引き戸を開け暖簾をくぐった。

「こんにちはー」


 店の中は柔らかな明るさでどこか懐かしい感じがした。

 入るとまず目の前にカウンターを兼ねたガラスケースがあり、その中には十個ほどの豆大福だけがちょこんと収まっていた。

 カウンターの右手は甘味処となっていて、四人用の机が四卓とゆったりとした座り心地よさそうな椅子が揃っていた。

 カウンターの奥には壁があるが一部が開いており、そこから奥の厨房がちらりと見られる様になっている。


 そこにはキリウと初老の男性がおり、キリウは真剣な顔で何か作っている最中で、初老の男性はそんなキリウの様子を厳しい目で見守っており、二人とも直也が来たのに気付いていない様だ。


 直也はそんなキリウの様子に驚き、先週キリウがもったいぶって話さなかったのは、キリウがここで和菓子の作り方を教わっている事だったんだと納得した。


「いらっしゃいませ!」

 厨房の壁からひょっこり顔が覗き、一人の女の子が出て来た。

「あ、もしかして直也君?」


「あ……もしかしてミッちゃん?」

 直也は女の子と同時に言った。

 直也は急にほっぺたが熱くなるのを感じた。


「そうだよ、ミツです」「僕、直也です」

 ミッちゃんはくすくす笑いながら、直也は真っ赤になって慌て、また同時に言った。


 直也はミツを見て、美術の教科書に載っていた『豊饒ほうじょうの女神』という絵を思い出した。

 真っ直ぐで艶やかな黒髪、黒目勝ちで澄んだ瞳、両手で包み込むのにちょうど良いふくよかな顔の輪郭。

 優しげな眼差しにちょんと摘んでできた様な小さな鼻、形良い唇はそれが常であるかの様に柔らかく笑みの形を作っている。


「直也君と会えて嬉しい! キリウ先生の話聞きながら、手紙読みながら、いつもどんな子かなーって思っていたから」

 ミツは直也を真っ直ぐ見て言った。


「ぼ、僕も嬉しいです! 美味しいお菓子、ありがとうございます!」

 勢い込んで詰まりながら、直也も言った。


「お菓子気に入ってくれてありがとう。おじいちゃん『今の若い子は大福なんて食べるのか』って心配していたから。青草院のみんなが美味しいって言ってくれてとっても喜んでいるの」

 ミツは本当に嬉しそうに微笑んだ。


 そんな笑顔に直也は耳まで熱くなるのを感じ、自然と右手で耳たぶを摘んだ。


 「キリウ先生、今奥にいるんだけど……あ、直也君ちょっと待ってて」

ミツはそう嬉しそうに言い、奥に戻って行った。


 直也がミツの後姿が消えて行った所をうっとりそのまましばらく見つめていると、ミツが戻って来た。

 手にはお盆を持ち湯呑が置いてある。


「直也君、今用意中だからちょっと座って待っててくれるかな?」

 ミツが視線で促す甘味処のテーブルに直也がつくと、ミツは直也の前にお茶を置いた。


「ミッちゃん……」

 キリウ兄何してるの? 直也はそう言おうとしたが、突然の賑やかな来客にさえぎられた。


「おじゃましまーす!」

 声と同時に引き戸が開いた。


「あら、直也君」

 そう言ったのはワンピース姿のキミドリ、君嶋だった。

 

「おじゃましますよ」

 そう言い、続いて入って来たのはカジュアルなジャケットに鼻から上を覆う白い面といった怪しげな姿の遊馬だった。


「おやっさん、じゃまするぜ」

 そう言いながら入って来たのは十年くらい前ならお洒落だと思われる様な流行遅れの服を着た笠間だった。


 直也は君嶋が自分の名を覚えている事に驚いたが、単術試験の時キリウと仲が良さそうだった事を思い出し納得した。


 教師達はミツと直也に軽く挨拶すると、厨房から顔を覗かせた初老の男性にも挨拶し、手にした土産らしきものを銘々渡した。


「先生方、気ぃ使ってもらってすいやせん。もうちっとなんで座っといて下せい。キリウ先生はちぃと今手ぇ離せねぇもんで」

 初老の男はそう言うとミツに茶を入れる様に言った。

 どうやら彼が岡本屋の主人、ミツの祖父らしい。


 ミツに勧められるまま、教師達は直也と同じテーブルに着いた。

 ミツが茶を持って来ると、ミツの祖父は目が離せないからと謝りながら厨房に戻って行った。


「おやっさん、ごめんね。こんな急におじゃましちゃって」

 君嶋が済まなそうに厨房に向かって大きな声で言った。


「キリウの奴がこそこそすっからなんだぜ」

 笠間が、しょうがない奴だよなとでも言いたげに言った。


「俺は来てくれなんて一っ言も言ってないぞ!」

 奥の方からキリウの声だけ聞こえて来た。


「しかもね……」

 君嶋がキリウを無視して言うと、そこでまた戸が開き、いつもと同じ格好の――御犬流忍の戦闘服らしい――御犬が入って来た。

「途中で犬まで付いて来ちゃった」


「まったく油断も隙もねー。おまけにいくら追っ払っても付いてくんしよう」

 笠間も心底呆れた様に言った。


「あんたら怪しすぎ。この組み合わせ、キミに遊馬にカラシなんてね――」


 御犬はどこか期待する様に店内を見渡し、教師達、ミツ、直也、厨房にいる岡本屋主人、そしてキリウを見ると、がっかりしたと見せ付けるかの様に肩を落として溜息を吐いた。

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