3-7
再び映像が動き出すと、増えに増えたルッサ仲裁師達が一斉に銃撃を再開した。
あまりの銃声に、笠間が音量を下げた。
直也の記憶だと、場外で動かない仲裁師を抜かした前衛二人のルッサ仲裁師だけが銃撃を始めただけだったはずだ。
その後、御犬の後ろ、人が入れるくらい大きな黒い箱に隠れる様にしていたキミドリが術を発動させた様だ。
黒箱が開き、そこからローブ姿のルッサ仲裁師が操り人形の様な動きで現れた。そして、場外で倒れていたはずの仲裁師が消えていた。
そのルッサ仲裁師は銃を構えると、ぎこちない動きで味方であるはずのルッサ陣に向かって銃撃を始めた。
別の場所の――元は前衛中央の大柄なルッサ仲裁師だろう――十数人のローブ姿の仲裁師が、ローブをまくった。
と同時に、影の様にしか見えない何かが、それぞれのローブから放たれた。よくよく見るとそれは狼で、場の混乱、銃撃をものともせず、まっすぐに、それぞれ同じ様な動きで一定の場所を目指している様だ。
その中の一体が春雪を避けつつも遊馬目がけて飛ぶ様に走っていた。
遊馬は別段あわてた風もなく、黒いローブからただ右手を突き出した。
のど元まで後三十センチという所、狼は飛び掛った勢いをそのまま頭から順繰りに、骨を抜かし砂の様にさらさらと崩れていく。
かざした遊馬の手に失速した頭蓋骨がぶつかると同時に。
元狼は尻尾の先まで肉を失い、カラカラという音と共に、散り落ちて行った。
それと同時に、影である他の狼達は骨も残さず消えていった。
別の場所、フルガの前衛二人は、実体か影かは見破れないまでも防御に徹し銃弾を避けたり弾いたりしてその場をしのいでいた。その様子は、参謀の指示を、または許可を待っているかの様だ。
遊馬が狼を骨にした直後、変化が起きた。
御犬が突如両腕を振りかざしたかと思うと、それを思い切り振り下ろした。
指の先から三対の、銀の指輪の様な物が飛び、見た目の重さから考えると意外なほど緩やかに、ルッサ側の陣営だったところに落ちて行った。
「蜘蛛の糸」
突如笠間はそう言うと、映像を止めた。
「今、御犬仲裁師の手甲からは『蜘蛛の糸』てぇ名のフルガの新技術である糸が伸びている。蜘蛛の糸の様に細く、
ここで一旦言葉を切ると、笠間は講義室を見渡し続けた。
「こん糸は絡め取ったほぼ全てを切る事ができる優れもんだ。が、不便な点もある。肉眼だぁまともに見る事ができねーから、使える奴が限られるし、一緒に出場する奴も限られる。仲間をヤっちゃぁどうしようもねぇかんな。その点、御犬仲裁師と春雪仲裁師のコンビは理想的だ。御犬仲裁師が攻撃し、春雪仲裁師が仲間へ向かう糸を払う」
そう説明すると、笠間はリモコンの再生ボタンを押した。
再び動き出した御犬はさらに両腕を振り、糸を思いきり伸ばすと、今度は糸が絡まるのではないかと心配になるほど素早い動きで縦横無尽に腕を振り始めた。
光の筋の様にしか見えない糸は、腕の振りに合わせ、舞台を余す所無く飛び回る。
ルッサの実体の無い仲裁師を通り抜けたが、実体のあるものを捕らえると、それを何重にも絡め取っていった。
その間、後衛の仲間の元へ走った春雪はフルガ刀の背を滑らす様に向かって来る糸の軌道を変え、自分を、後ろにいる仲間を糸から守っている。
ルッサ側の実体三人が糸にかかった事を感知してか、御犬は腕を、ぴんと張った糸を動かす事を止めた。ルッサ側は拘束を解こうとローブで守られた両腕で糸を緩め様とした。
〈動くな! 無駄だ〉
場が静まり返る中、御犬はいつもの眠たげな目を鋭くさせエスラペント語で言った。
〈もう糸からは逃れられない。降伏しろ〉
御犬が言い終わる間もなく、一人が渾身の力でもって糸を押し上げ、緩め様と
した。
御犬は何も言わずにわずかに腕を動かし、その糸を引く。
「グッ」
ルッサ仲裁師からうめき声がもれる。
腕に食いこんだ糸が、辛うじて骨で止まる。
そこから伸びた糸に血が伝わり、そこだけ赤い線が延びているかの様に見える。
〈無駄に死人をだしたくない。降伏しろ〉
仲間を守る役目を終えた春雪も、他の一人に刀を付きつける。
〈降参だ〉
体に糸を巻き付け、春雪にのど元を狙われた仲裁師が、吐き捨てる様に言った。
笠間はここで映像を止めた。
確かにここでルッサ側は降参を宣言したが、直也はこの後も試合に続きがある事を知っていた。
なので、笠間は何故この後の事も授業で見せないんだろうと思った。この後の春雪の行動に感動して仲裁師になる決意をさらに固めたのにと。
それはこんな出来事だった――
降参と聞き御犬が糸を緩めた瞬間、甲高い声の女、ミラが叫んだ。
〈ルッサは降伏などしない!〉
ミラの懐から出された銃の銃口が御犬に向いた瞬間、春雪が目を見張る様な速さで御犬の前に立ちふさがった。
勢いをそのままに、春雪は御犬の両腕をその両手で抑えた。
と同時に、二発の銃声が響いた。
「くっ…」
春雪の噛み締められた唇から一筋の血が流れる。御犬は糸を引こうとした。
〈だめだ、動くな!〉
春雪が唸る。春雪の背にじわりと赤い染みが生まれる。
銃弾の一つが掠ったのか面の一部が欠け、片方の目元が覗いている。
春雪はミラが銃を出すのに気付き、とっさに御犬を庇ったのだ。
と同時に、御犬がミラを止めるため糸を引き、ルッサ側三人の命を奪うのを引き止めたのだ。
流れる血をそのままに、春雪はエスラペント語で審判に向かって何か弱弱しく言った。
審判ががどこか呆然とした様な声で言った。
〈試合終了。フルガ勝利!〉
その後春雪は仲間の仲裁師に囲まれ一瞬見えなくなったかと思うと、次の瞬間には赤黒い血溜まりだけを残し、消えていた。
直也はその後春雪の事が心配で、それから毎日慣れない新聞を読み始めた。
試合の一週間ほど後に春雪が無事に退院したと読んで、思わず涙をこぼしてしまったものだ――
授業が終わった後、直也は授業の後片付けをしていた笠間にずっと気になっていた事を質問した。
「先生、俺、この試合、会場でも見たんです。でも今日みたいにシャトーオーなんとかの術なんかでてなかった。なんで今日はあんなのが入ってたんですか?」
それまで眠そうな顔をしていた笠間は「おまっ、そりゃー……」と呟いたまま面食らった様に目を見張った。
そのままあごに手を置き、直也の顔をまじまじと見ながら「まあ、話しにゃぁ効かない奴もいるって噂だぁ、ありえねー事じゃねーよな……」と自分を納得させる様に呟いた。
痺れを切らした直也が口を開きかけた時、ようやく笠間はしゃべりだした。
「仲養の仲裁試合記録用のカメラにゃぁな、特殊な仕掛けがしてあんだよ。心術の効果も記録できる様な。だからおめーも今回はそれが見えたんだろうぜ」
直也は、自分が心術に見込みがない、落ちこぼれだと暗に言われた様な気がして、息が詰まった。
恥ずかしいのと情けないのでその場にいても立ってもいられず「分かりました」と震える口で言うと、笠間の顔も見ずに逃げる様にその場を後にした。
だから直也は気が付かなかった。
笠間が呟く様に、
「そんな体質の奴があの場にいれば、蜘蛛の糸出さなくてもすんだかもなぁ……」
と言った事に。
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