3-5

 仲養学校での第二週目月曜日、五限目が終わり直也は張切っていた。


 入学式が行われた週は一般科目だけだったが、二週目の六限から仲裁の専門科目が始まるのだ。

 これから始まるのは『基本術概論』、一組担任の兎留場先生の授業だ。


 兎留場は教室に入り簡単な教科の説明をした後、表情を変えずに淡々と授業を進めていった。


「まず私達が普段術と呼んでいるものは大きく二つに分かれます。

 一つは筋術、もう一つは心術です。

 筋術とは体の筋力を主に使う事により行う術です。剣術、武術などが当てはまります。

 心術ですが、こちらは心力――自分の筋を動かす内部のみの力とは対照的に外部に働きかける力――を主に使用する術の総称です。

 心力は流派によって気、オーラ、チャクラ、魔力などと呼ばれているものです。古来より魔術、神通力、超能力などと呼ばれているものは心術に含まれます」


 直也は、筋術については理解できたが、心術についてはいま一つ理解できなかった。


(だってそんな力、俺感じた事ないし)

 焦り半分、疑い半分で直也は思った。


 その日最後の兎留場の授業が終わるのと同時に直也は慌てて席を立った。

 直也は放課後、カイルに早速エスラペント語を教えてもらう様頼むつもりなのだ。


「おーい、直也。どこ行くんだよ。一緒に部活見学行こうぜ」

 笹梅が言った。

 今週から部活見学が始まるのだ。


「俺、剣術部入るって決めてるからいいよ。ごめん、じゃね」

 そう言うと、直也は慌てて二組の教室に向かった。


 二組も授業が終わった様で、直也はカイルが教室から出て来たところを捕まえた。

「カイル、これから何かある? エスラペント語教えてよ、フルガ語教えるからさ!」


 カイルはいきなり何事かと迷惑そうに顔をしかめて一言、

「ヒツヨウないです」と言った。

 言いながら時間に追われる様にちらっと腕時計を見た。


 ここで直也はキリウから教えてもらったとっておきの言葉を出した。

「上級忍術学ぶにはフルガ語検定一級取らなきゃいけないんだろ? 自然なフルガ語も勉強しなきゃなんじゃん?」


 カイルは考えているのか、芸術家を連想させる長い指を顎に当て、しばらく黙っていた。


「御犬先生が言ってたろ、俺ら友達だって。友達の定義その一、友達は助け合う事!」

 直也は理論がどこかおかしいとは思ったが、どうにか丸めこもうと勢いよく言った。


 御犬と言う言葉に反応したのか、カイルはようやく直也を見た。

「しかしながら、ボクにはジカンがありません」


 カイルは青みの強い瞳を真っ直ぐ直也に向けた。

 それを真っ直ぐ見返した直也は、引き込まれるのではないかと思ったが、踏ん張り負けじと目に力を込めた。


「でも、フルガ語は必要なんだろ? 俺もエスラペント語覚えなきゃだし」


 カイルはゆっくりと目蓋を閉じ、ゆっくり開いた。

「ワかりました。ボクはエスラペントゴをオシえます。フルガゴをオシえられます」


「じゃ決まりだな!」

 直也は勝ったとばかりにガッツポーズをした。


 その後話し合い、語学交流は火、金の週二、図書館の談話室の一つを借りてやる事になった。

 行う時間は、取り敢えず放課後、部活が始まってからは部活が終わり晩御飯を食べた後に決まった。



 次の日の火曜日、五限目は担任である笠間の授業、基本戦術だった。


 教室は先日説明会をした中講義堂で、大きなスクリーンが用意されていた。

 去年行われた仲裁試合、対ルッサⅠ種標準試合を見ながら実際に使われた戦術を解説して行くらしい。


 直也はすでに、青草院の院長先生と院の子ども達と一緒にこの試合を会場で見ていたが、もう一度見られるのかと興奮した。


 なにしろ会場で見ていた時は展開の速さについていけず、一番好きな仲裁師、春雪はるゆきの動きしかよく見ていられなかったのだ。

 今度こそ全体の動きを見るぞ、直也は前のめりにスクリーンに向った。


 笠間が機材の準備をしながら、Ⅰ種標準試合について解説を始めた。

「まあこん学校いる奴ぁ知ってと思うが、Ⅰ種標準試合たぁ、四対四、殺しあり、誰か一人でも降参したら決着がつく試合形式だ。

 因みに場外に触れたらその仲裁師は即失格、補充無し。国際的に今一番多く採用されてるもんだ」


 スクリーンに仲裁師が映されたところで画面を止めると、笠間は生徒を見渡し言った。

「ところで、何でこの試合が必要だったか知ってっか?」


 直也は本が原因だった様な気がしたが、うろ覚えだったので黙っていた。


 隣に座った笹梅が、手を上げると同時に勢い良く言った。

「『ギャビン・ウラージオイヌの書』が原因です! 本がフルガにあるのではないかとルッサに疑われ、仲裁試合にまで発展してしまいました!」


「まぁ正解だ」

 笠間は寄りかかる様に教壇に両ひじを着くと説明しだした。


「まずギャビン・ウラージオイヌだが、ギャビンは革命前、ルッサが誇る宮廷魔術士だった。しかし革命後に謀反の罪で処刑された。

 神道、陰陽道、忍術などのフルガ伝統心術を学ぶためフルガ仲養学校に留学経験があり、かなりのフルガ贔屓でもあったみてーだ。

 で名前にある様、今回の試合に出た御犬共樹仲裁師の伯母に当たる旧姓御犬恭子、後のキョウコ・ウラージオイヌと結婚し、フルガで何年か過ごした後二人してルッサに腰を据えた。ここまではいいか?」


 直也は、聞いた事をまとめながら思った。

(じゃあギャビン・ウラージオイヌは御犬先生の義理の伯父って事になるのかな? 

 でも高々本一冊で、何で仲裁試合までしなきゃいけないんだ?)


 直也の疑問を見透かした様に、笠間は続けた。


「心術研究家だったギャビンの著書は書かれてから五十年以上経った今でも尚斬新で、一冊の著書で大量破壊兵器並の戦闘威力を持つとも言われている。そんな物騒な本がフルガにあると嗅ぎ付けたルッサ政府が、返還要求してきたって訳だ」


 笹梅が手を上げ言った。

「何で今になってそんなに騒がれだしたんですか?」


「そりゃぁな、こんな訳だ。

 没収されたウラージ家の財産の一部である化粧箱の中から、最近になって隠されていた手紙の束が見つかったらしい。

 化粧箱はキョウコがフルガから持って来た物で、手紙はギャビンからキョウコに宛てた、まあラブレターっちゅうもんで、キョウコはそれをずっと化粧箱の中に保管していたらしい。で、その文中に仲養の図書館に著書を置くと書かれてたって訳だ」


 直也はだんだん去年のニュースを思い出してきた。

 記憶の中では、本が見つかり次第返還するとフルガ政府は言っていたはずだ。なのに――

「何で仲裁試合にまで発展してしまったんですか?」

 気付くと笹梅を習う様に直也も手を挙げ発言していた。


「つまり、ないものは返せねぇっちゅう訳だ。

 フルガ側が何度こん学校の図書館を調べてもそれらしきものは見当たらなかった。

 で、それをルッサ側に伝えると、あちらさんとしても図書館を調査してぇって事だ。が、フルガはそれを断固拒否。

 うちの図書館にゃあ門外不出の禁書がごんろごんろしてっからな。それがまぁフルガ仲裁師の強さの元でもあるから、いくら同盟国とはいえ、おいそれと見せる訳にぁいかないわな」

 笠間は長くしゃべる事に疲れてか、傍らの椅子にだるそうに座り込んだ。


「ルッサ側は『書がない事を証明するには調査を受け入れるしかない。それを許可しないのは、フルガは書をルッサに渡したくないばかりに虚偽の報告をしていると採られても仕方ない』と主張したって訳だ。

 で、そんなやり取りが何度も続き、それ以上の国交悪化を防ぐ為、結局仲裁試合で決着を付ける事となった、てぇ訳だ」


 直也は分かった様な分からない様な気分だったが、スクリーンが再び動き出したのでそちらに注目した。

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